汗の臭いや靴下の臭い、そして加齢臭……。日本人はとかく臭いに敏感だ。公衆の面前で悪臭を放とうものなら、たちまち白い目で見られる。素材メーカーや衣料メーカーは、そうして臭いの発生源となってしまう哀れな人々に救いの手を差し伸べようと、今まで数々の消臭商材を開発し、一定の成果を上げてきた。

 ただし、そんな開拓者たちもお手上げの臭いがあった。糞便臭、いわゆるウンチの臭いである。理由はその強烈な臭いだ。汗などによる悪臭は9割方消臭できれば、臭いは感じなくなるといわれている。だが、糞便臭だけは、ほんの少しでも臭いが残っていると、不快に感じてしまうそうだ。微塵も残さず完全に消臭することは非常に難しく、業界関係者を悩ませ続けた。

 しかし、今年8月、ついにその最強の悪臭を倒す素材が発表された。繊維メーカーとして100年以上の歴史を持つシキボウ(大阪市)と香料メーカーの山本香料が共同研究により開発した、消臭加工繊維「デオマジック」である。

糞便臭が良い香りになるメカニズムは、こうなっている!

 目を見張るのは、全く新しい悪臭の対処法だ。両社は香料の成分を何十種類もブレンドしてつくる香水の多くに、実は糞便臭のような一般的に不快に感じる臭いの成分が少量含まれていることに着目。そうした香料から糞便臭を除いたものを調合し、糞便臭が加わると良い香りとなる香料を開発した。これは、糞便臭を除いた香料そのものも良い香りであり、加えた後はさらに香りが良くなるという画期的な代物だ。

 開発のきっかけは、昨年7月放送の関西の人気番組『探偵!ナイトスクープ』で、「糞便臭のする工具箱の原因を追究し、解決したい」という視聴者の依頼に、山本香料の社長が出演し対応したこと。その番組を見ていたシキボウ開発部の次長が話を持ちかけ、共同研究が始まった。

 使用した香料の成分は40~50種類。最適な調合割合を、山本香料が所有する最新鋭の香料調合機「アロマトロン」で繰り返しサンプル品をつくりながら追究し、およそ1年の歳月を経て完成させた。

 完成した香料は、公的検査機関で臭気判定士指導のもと官能試験を実施し、その効果を確認。製品の記者発表会では、記者に実際に嗅いでもらい、全く臭わなくなることに驚きの声が上がり、メディアでも多数取り上げられた。

 シキボウ広報部では、「悪臭を香料の成分として組み込み、良い香りに変えてしまうという発想は、繊維業界ではなかったもの。報道後の反響も大きく、繊維業界はもちろん、医療分野といった従来取引のなかった業界からも多数の問い合わせがあった」と話す。

 医療分野では、たとえばおむつカバー用途などの繊維製品として、介護関係で販売を展開していく予定。あるいは、ペット用品分野での用途展開も視野に入れ、繊維製品や香料スプレーの販売展開を期待する。また、乳児や幼児用の紙おむつに活用するといった方向性も模索している。その他にも、用途は色々ありそうだ。

 今回のケースでは、今まで敵として排除しようとしていたものを、逆転の発想で、味方として取り込んだことが勝利につながった。またそのヒントは他業界にあった。こうした事実は、ビジネスマンの発想法としても大いに参考になりそうだ。

(大来 俊/5時から作家塾(R)