正直な商売こそが
生き残りのカギか

 一見すると店には見えない。お世辞にもきれいとはいえない店は、まるで昭和の町工場のようで、よく見ると壁とカウンターに、銀細工が陳列されている。もともと鉱業が盛んだったマレーシアでは銀や錫の工芸品が多く、この店も中華系マレーシア人のおじさんが、細々とやっている感じだ。ペンダントトップやピアス、ネックレス、指輪が主だが、置物や石細工なども売っている。

 デザインは人それぞれ好き嫌いがあると思うが、その細工の技術の見事さと、美しさは素晴らしい。買うと、その場で銀細工を磨いてくれる。店の中に無造作においてあるいくつもの洗面器は、そのための薬剤で、それらに代わる代わる浸けられた後、丁寧に磨いてもらった細工は、見違えるようになる。

 さらにそれに加えて、価格がびっくりするくらい安いのだ。筆者は、家族はもちろん、女性の来客とマラッカに行く機会があれば必ずお連れする。お世辞にもきれいな店とはいえなく、どちらかというと汚い、怪しい店に見えるので、最初は皆訝しげに思うが、一旦買い物をすると、本当に気に入ってくれる。

 そしてここでも、一度もふっかけられたり、嫌な思いをしたことはない。驚くほど正直で良心的なのだ。

 ジョンカーストリートの店といい、この銀細工の店といい、なぜ良心的なのか。儲けのことを考えれば、観光客相手の商売はふっかけるのが常識だ。マラッカでは、もちろん全くないわけではないが、他の多くのアジアの都市に比べて、ふっかけられることが少ないように思う。

 そのヒントは、マラッカの歴史にあるのではないかと筆者は考えている。古くから商業都市として栄えたマラッカは、他のライバル交易都市との競争に生き残る必要があった。そのためには、彼らはフェアな商売を発展させてきたのだ。

 お客が誰であれ、真っ当で正直な商売する伝統が「マラッカのプライド」として今も息づいているように筆者は感じている。そしてそのお陰で、マラッカは現在でも多くの観光客を楽しませる土地となっているのだろう。

 古くから「グローバル化」の波にさらされてきた街に生きる人々には、今でも「商売の本質」が伝統として身についている。グローバル時代に生きる日本人として、とても勉強になると思った。

モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授 渡部 幹)