ヘッドフォンのように耳をふさがず、スピーカーのように人間をリスニングポジジョンに拘束しないもの。ソニーの「SRS-WS1」は、据置型スピーカーとヘッドフォンの間に割って入る第三の選択肢とも言うべき、肩掛け式ワイヤレスステレオスピーカーだ。
映画やゲームなど、テレビモニターを使うコンテンツ視聴が前提の設計。薄型液晶テレビの貧弱なスピーカー出力を補う手段、あるいは大音量が出せない狭小スペースで、手軽に没入感を得る手段として期待できる。
直販での販売価格は2万6870円。普通にスピーカーとして使ってどうなのかを試してみた。


重低音を体感させるパッシブラジエーター内蔵
まずスピーカー本体から見ていこう。肩掛け型のウェラブルスピーカーというアイデアは特に新しいものではないが、細かい部分に工夫が見られ、音響機器として眺めてみるとおもしろい。
ドライバーは30mm口径のユニットを左右に1基ずつ内蔵している。特徴的なのは上向きに開いた細長いスリットで、これがリフレクターの役割を果たし、ドライバー開口部から放射される音響エネルギーを拡散させる。


左右のドライバーはそれぞれ1Wのアンプで駆動し、筐体の中には低音増強のためのパッシブラジエーターも内蔵している。重低音を「振動」としてリスナーに体感させるためだ。
電源はリチウムイオンバッテリーで、専用の「充電台」を介して充電する。フルチャージに約3時間、それで約7時間の連続再生が可能。充電用の電源はUSBの5Vで、製品にはACアダプターとmicroUSBのケーブルも付属する。
重さは約335gと、ヘッドフォンであれば結構な重量級だ。スピーカーの内側はファブリックで覆われ、身体に接する部分は当たりが柔らかくなるようクッションも貼られている。しかし2時間も使っていると、痛みというほどではないが、体に当たる部分に違和感が残る。もう少し軽くできれば、なお良かったと思う。

遅延やドロップの少ない独自のワイヤレス機構
このスピーカーをワイヤレスで使う場合は、付属の専用「送信機」とペアで使う。テレビでの使用を前提とした製品らしく、送信機の音声入力は角形光デジタル仕様。製品には光デジタルケーブルも付属するので、買ってきたらそのまま接続できる。また、光デジタルが使えない場合のために、ステレオミニのアナログ入力も付いている。


この送信機をスピーカー本体とペアリングして使うが、接続はBluetoothではない。2.4GHz帯の電波を使うのは同じだが、電波の到達距離は見通し約30m、送信機1台に対してスピーカーを2台まで同時接続できる仕様で、Bluetoothよりスペックが高い(なお2台使用する場合は、もう1セット買う必要がある。スピーカー単体での販売はない)。
メーカーでは「スピーカーと送信機間は音が途切れにくく低遅延なワイヤレス伝送技術を採用」と言っているが、確かにそのとおりで、Bluetoothより接続は安定していて、試用中のドロップは一切感じなかった。遅延が低いのも本当で、ゲームやミュージックビデオの鑑賞にも向いている。
スピーカー本体は有線接続にも対応し、付属の専用ケーブルを使って、ステレオミニ出力の携帯ゲーム機、スマートフォンやタブレットなどと接続できる。


聴き取りやすさと広い音場感がすごい
実際に音を出してみると、想像とまったく違っていた。この印象は後に変わることになるのだが、まず音の迫力自体は大したことがない。首からかけるボディーソニックのようなものを期待していると裏切られる。
最初に感じる利点は、スピーカーが近いことから、それなりの明瞭度が確保されていること。映画のセリフ、ニュースやラジオ番組の音声などは聞き取りやすい。薄型液晶テレビの音声の聞き取りにくさから、つい音量を上げ過ぎてしまうお年寄りには、ぜひ使って欲しいところ。
美点は左右の音の広がりにも感じられる。ソースにもよるが、時折疑似サラウンドでも効いているのかと思えるくらいのステレオ感で、間隔の狭いスピーカーから出ている音像とは思えない。長いスリットによる拡散効果のおかげか、首を回しても、その音場感が大きく変わらないのもいい。
気を付けなければならないのは、再生音は回りにダダ漏れであること。ヘッドフォンと違って、自分が聞いている音量がほぼそのままの状態で周囲にも聞こえている。それでもモニターから離れて映画などを見る場合、モニター内蔵のスピーカーよりずっと低い音量で楽しめる。それがメリットだ。
振動を低音として感じるには慣れが必要?
おもしろいのは、低域の伝わり方だ。たしかに低域の信号は振動に置き換わっているが、決して重低音が身体に響く体感マシーンという感じではない。
最初はスピーカーが当たる鎖骨の一部分と、首の後ろ側がマッサージされるような感覚で、なにやらむず痒いだけ。それが徐々に、振動を感じるたびに「いま重低音が来たぞ」と、条件反射的に理解する感覚が育っていく。
だから短時間の試聴では、十分に良さが伝わらない可能性もある。鎖骨に伝わる振動を重低音と認識する感性が備わっている人類は、おそらく稀だ。かつてのボディーソニックがわかりやすかったのは、重低音を感じる部分が「ヒップ」だったからだろう。

もうひとつの懸念は、人によってはこの振動が気持ち悪がられるだけかもしれないということ。そこでスピーカー側の操作部に、振動の強さを「弱中強」と三段階に切り替えるスイッチがあり、弱にすると振動はほぼ伝わってこなくなる。振動がなくても、薄型液晶テレビの聴き取りやすさ向上には大きなメリットがあるので、このスピーカーを使う意味は大きい。
ヘッドフォンのような煩わしさもなく、またスピーカーのように音量を上げる必要もない。家族との会話の妨げにも、迷惑にもならない。あるいはテレビの音に不満はあるものの、本格的なスピーカーセットは高いし置く場所もないという方には、ぜひ試していただきたい製品である。
余談: シンセと相性がいい
さて、ここから余談だ。こんなことを書くと真面目な方から怒られそうだが、これがわかる人には大真面目に試してほしいと思っている。
SRS-WS1を気持ちよく鳴らせるソースをいくつかあたってみた結果、自分で操作するシンセサイザーを鳴らすと、とても気持ち良いことがわかった。シンセと言っても、最近はiOS向けのアプリに優秀なものがある。筆者のオススメは、iPadのみの対応になってしまうがArturiaの「iSEM」というアプリだ。Oberheimを模した分厚いサウンドが特徴で、素の音の迫力がすごい。
このシンセで低い周波数を鳴らし、モジュレーションのツマミをぐいぐい回すと、SRS-WS1は本当にマッサージ機のように機能するので、まず気持ちいい。そこにコーラスエフェクトをかけると、このスピーカー独特の広いステレオ空間が効果的に働き、予想外に大きな音場が現れ、それが回り始めるのでおもしろい。結果として低域のマッサージ効果とともに、最高の没入感が得られる。これは最高の癒やしだ。
ご参考までに。

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著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)
1963年生れ。フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。新しい音楽は新しい技術が連れてくるという信条のもと、テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレとエスプレッソ