◆カレー粉、カレールウ、レトルトカレーの誕生
◇日本でカレーがメジャーになるまで

 日本で初めて外食カレーが提供されたのは、記録として残っているものをたどれば、1877年、フランス料理を看板に掲げた東京の「風月堂」による。もりそばが1枚1銭だった時代に、カレーライスはその8倍の値段がした。仮にもりそばが300円だとしたら、カレー一皿が2400円もすることになる。このように、当時のカレーは高級料理であり、ハイカラ品であった。

 しかし、1923年の関東大震災をキッカケに大衆食堂がはじまり、その流れで大衆路線のカレー文化が生まれる。その第1号といえるのが、1924年3月にオープンした東京・神田の「須田町食堂」だ。大阪ならば阪急百貨店である。

 阪急百貨店では、カレーがコーヒーつきで20銭と、ランチよりも10銭安い値段設定で提供された。1936年の売り上げの記録によれば、1日に1万3000食のライスカレーが売れたという。「憧れのカレーが安価に食べられる」という猛烈なお得感が、一気にカレーの人気を加速した。

◇カレー粉、カレールウによる内食カレーの発展

 外でおいしいカレーを食べたら、自宅でもそれを食べたいと願うのは自然な感情だろう。家庭でのカレー作りを容易にしたのが、カレー粉の登場である。

 エスビー食品の創業者である山崎峯次郎は、試行錯誤の末に、1923年に国産カレー粉の開発に成功した。これが1950年に、通称「赤缶」と呼ばれる製品となり、現在でも、とくに業務用カレー粉として圧倒的なシェアを誇っている。

 そして1960年代前半には、一般家庭でカレールウが使われるようになった。カレー粉はスパイスを複数種類ブレンドしたものであるのに対し、カレールウは食用油脂や小麦粉、砂糖などが加えられ、うまみやコクが出るようになっている。当時発売されたハウス食品の「バーモントカレー」は、50年以上たった今でも人気商品である。ところが近年では、核家族化や共働きの増加により、家族全員が集まって大鍋でルウカレーを作って食べる頻度が減った。そのため、カレールウの販売数は足踏みを続けている。

◇現代の食生活のスタイルに合うレトルトカレー

 一方で販売数、市場規模ともに伸びているのはレトルトカレーである。家族そろって食事がとれないのであれば、カレールウよりも、一人前ずつ小分けされたレトルトカレーを使ったほうが食生活のスタイルに合っているというわけだ。さらに、好みの細分化も、レトルトカレーが好調である理由に挙げられるだろう。たとえば家族3人の食べたいカレーの味が異なるのであれば、個別に好きなカレーを選んで食べたほうがいい。レトルトカレーは、そのニーズを叶える商品なのだ。

 レトルトカレーは日本が生んだ文化であり、1968年に大塚食品から「ボンカレー」が登場したのが起源である。調理済みのカレーが3ヵ月も常温で保存でき、食べるときは3分茹でればいいという商品は、最初かなり懐疑的に受け取られていた。ところが翌年の1969年、アポロ11号の月面着陸のニュースで、宇宙飛行士がレトルト食品を食べている映像がくり返し放送された。これにより消費者の意識が変わり、以降「ボンカレー」は飛ぶように売れ始める。そして発売から5年後の1973年には、年間販売数量が1億食に到達した。

 レトルトカレーは進化を続け、現在、日本で発売されているレトルトカレーの種類は、おそらく1000~2500くらいはあるのではないかと著者は言う。