だから、日本の中学・高校のほとんどが問い合わせフォームの設置もスマホ対応もできてないということは、学校にITカルチャーがないということ。完全に時代遅れなのである。もしこれが企業であれば、時代についていけずに会社が潰れても自業自得だ。しかし、学校は違う。未来を担う子どもたちを育てる場であり、とくに高偏差値校やSSHは未来のリーダーを育成する場でもある。その意味で社会的責任は大きい。政府も財界も、IT人材の育成が急務であると言っている時代に、ITリテラシーを育む教育のできない学校はありえないのだ。

 ちなみに政府は、2020年から小学校でプログラミング教育を必修化することにした。すでにプログラミング教育を行っているSSHも多いだろう。しかしITリテラシーというものは、プログラミングを教えただけでは育めるものではない。プログラミングの技術を使って「何を」作るのかが重要で、その課題を解決するのは、やはりカルチャーの問題なのだ。

 たとえばシリコンバレーはサンフランシスコのベイエリア南部にあるが、もともとサンフランシスコはヒッピーカルチャーの源流の地でもある。アメリカのパソコンシーンはそもそもヒッピーカルチャーの影響を大きく受けている。ヒッピーカルチャーがパソコンを生み出したと言っても過言ではない。ヒッピーの価値観とは「愛と自由と平和」であり、とくにその「自由」の価値観を背景としてアメリアのパソコンシーンは生まれた。かつて、多くのロックミュージシャンがギターを武器に愛と自由のために戦ったように、シリコンバレーのギークたちはパソコンを武器に世界を変えるために戦った。その代表格がスティーブ・ジョブズだ。ご存じのようにスティーブ・ジョブズはiPhoneを生み出したが、ビル・ゲイツはそれを生み出せなかった。その違いは、ジョブズはヒッピーだったが、ビル・ゲイツはそうではなかったからだ。ジョブズの価値観はヒッピーそのもので、「自由」がテーマだった。だから、「誰もが自由に、いつでもどこでも使えるコンピュータ」としてのiPhoneを生み出した。

 また、Facebookが生まれた背景にもアメリカのキャンパスカルチャーがある。アメリカの大学では、もともと新入生の顔写真付きの名簿を作って配するという文化がある。そのような文化を背景として生まれたのが、Facebookというサービスである。日本にFacebookが生まれなかったのは、日本の大学にそうした文化がなかったからだと思う。

 このように、技術を使ってどのような製品やサービスを生み出すかは、どのようなカルチャーを背景にしているかで決定される。そして、新しい技術を使ってどのような文化を生み出すかが重要だ。新しい価値とはすなわち、新しい文化だからだ。

 これからの人材育成では、創造性を育むことが重要である。日本の政府もそのために、2020年から大学入試制度を大きく変える。そこで求められるものは、「思考力・判断力・表現力」。これはつまり、広い意味でのクリエイティブ能力であり、それを支えるのは文化の力であり、新しい文化を生み出せる力である。だからこれからの中等教育にも、文化を生み出せる人材の育成が求められる。そのために必要なことは、プログラミング教育ではなく、プログラムの技術を使って何かを生み出す教育であり、そのためには文化が不可欠だ。それが、電話やFAXをいまだに使っているような学校文化の中で育まれるはずもない。