よい企業とは何か
19世紀終わり、近代企業が台頭して以来、アメリカでは、「よい企業」(good company)についてたえず問われてきた。
金ぴか時代(THE GILDED AGE)(注3)
アメリカ産業界の大企業は、よい企業とは「見識ある寡占」を構成するものと考え、社会的に不安定な競争よりも協業を重視した。
アリゾナ州ビズビー(銅山)、イリノイ州プルマン(鉄道車両メーカーのプルマンの本社があった)といった企業城下町の企業は、温情主義の下、従業員の健康や道徳心の向上について監督した。
1906年
社会主義志向の小説家アプトン・シンクレアが、企業の悪行を暴露した『ジャングル』(注4)を発表する。食品安全規制の厳格化(精肉産業の実態を告発し、「食肉検査法」の可決に至った)を引き出したが、労働条件の改善には至らなかった。
1910年代~20年代(TEENS AND TWENTIES)
1913年
JCペニーが、従業員に「人々のために最善を尽くす」ことを求める行動規範を導入する。
1914年
ヘンリー・フォードが「日当5ドル」を打ち出し、これによって給与がいっきに上昇し、労働者が消費者に変わる日が見えてきた。しかしビジネス・リーダーたちは「やりすぎである」とフォードを非難した。
大企業の多くが、適度な利益分配制度や従業員持株制度を導入したため、労働組合の活動や社会不安が抑制された。
大恐慌(THE GREAT DEPRESSSION)
深刻な危機を長きにわたって経験したことで、人々は政府が望ましい企業行動を保証することを期待した。
1933年
ニュー・ディール政策によって、価格競争が制限され、また銀行業界は規制され、企業は労働組合との交渉に臨まなければならなくなった。ほとんどの経営者がこの人気政策に反対した。
1935年
議会の調査から、大恐慌の直前に経営者報酬が上昇したことが明らかになる。投資家、ビジネス・リーダー、社員の間で利益をどのように配分すべきなのかという議論がさかんになった。
第2次世界大戦中(WARTIME)
戦争を支持することは、国民の義務、また少なくとも、うまいPRと思われた。よい企業は官需物資からの利益に制限を設けた。
世間における「よい企業」の定義では、軍需生産のための技術イノベーションや創造性が重要な基準となった。
社会に安定が戻ると、雇用は労働者と雇用者が交わす理想的な契約、すなわち「一生涯の仕事と引き換えに忠誠を誓う」ものと位置づけられた。
1950年代(THE FIFTIES)
よい企業は、よい製品、すなわち電化製品や自動車など、急拡大する中産階級の生活を向上させる便利な製品をつくった。
1955年
企業人にとって、「大きいことがよい」ことになった。売上高による企業番付「フォーチュン500」が始まる(第1位はゼネラルモーターズ)。
広告でさえ社会的役割を果たしていると見なされた。より優れた製品をもっとほしいと思わせることで生活水準が高まるという理屈である。
1960年代(THE SIXTIES)
1964年
公民権法が可決され、差別の排除が、企業がクリアすべき新たな倫理基準になった。1年後、大企業に初の黒人取締役が誕生した。
1965年
弁護士で社会活動家のラルフ・ネーダーが『どのようなスピードでも自動車は危険だ』(注5)を著し、自動車メーカーが安全問題を軽視していることを暴露し、消費者の意識を高めた。「製品の安全性」がよい企業の新たな基準になった。
1970年代(THE SEVENTIES)
企業がスタグフレーションに苦しむなか、「効率」がよい企業の基準になる。
1978年
航空規制緩和法により、この非効率な業界に競争が導入される。大手航空会社、労働組合、ならびに飛行機の安全を求める人たちはこぞって反対したが、消費者は航空料金が下がるものとして歓迎した。
日本製品の成功、そしてピーター・F・ドラッカーに刺激を受け、よい企業は日本企業の品質を重視する慣行を見習った。
1980年代(THE EIGHTIES)
グローバル競争の圧力の下、ビジネス・リーダーたちは、よい企業の尺度として「株主価値」を重視するようになる。
1981年
8月5日、ロナルド・レーガン大統領は、ストライキに参加し、職場復帰命令を無視した1359人の航空管制官を解雇する。企業のレイオフが増えたことで、労働組合の影響力が大きく低下する。
1983年 ビジネス・リーダーのアンケートに基づいて、『フォーチュン』誌が「最も尊敬される企業」("America's Most Admired Company")リストを初めて発表する。ハイテク企業と製薬会社が、上位10社を独占した。
1990年代(THE NINETIES)
40年間、学問の世界で議論されていたCSR(企業の社会的責任)という考え方が一般化する。よい企業はCSR部門を創設した。
シリコンバレーの成功により、最も優れた企業は最も革新的な企業であると再定義された。インテルと3Mが業界を破壊したことで、羨望の的になる。
1997年
搾取的労働や環境破壊について社会的に意識が高まり、ナイキのような企業はグローバル・サプライチェーンを監視する必要に迫られる。
21世紀(THE NEW CENTURY)
ブラック・マンデーからITバブル崩壊の十余年間、人々の怒りが汚職や経営者報酬に向けられ、企業の評判は低下した。
社会起業家や多国籍企業は、開発途上国の問題を解決する斬新な方法を編み出してビジネスチャンスを見出した。
ゼネラル・エレクトリックからウォルマートまで、さまざまな企業が、経済価値だけでなく社会的価値をも生み出す方向へ自社の使命を再定義した。
【注】
3)南北戦争の終結から19世紀末頃までの約30年間を指す、アメリカで資本主義が急速に発展を遂げた時代をいう。文学者マーク・トウェインの同名の小説に由来する。
4) Upton Sinclair, The Jungle, Doubleday, Jabber & Company, 1906. 邦訳は1925年、叢文閣より。
5) Ralf Nader, Unsafe at Any Speed: The Designed-In Dangers of the American Automobile, Grossman Publishers, 1965. 邦訳は1969年、ダイヤモンド社より。
編集部/訳
(HBR 2011年11月号より、DHBR 2012年3月号より)
How Great Companies Think Differently
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