アメリカのIBMでは、365日、社員の約4割が出社しないで自宅や客先で仕事をしている。彼ら彼女らはさまざまな場所を移動し、自分の好きな時に休暇を取得する。IBMの在宅勤務制度──日本では2001年に始まった──は、理工系の学位を持っている女性に仕事を続けてもらいたいと考える政府からの関心も高い。
場合によっては、会社から自宅にインフラを整備するための手当が出ることもある。おかげで、インドのIBMで働いているハーバード大卒の女性は、プロジェクト業務と子育てを両立させている。また、あるソフトウエア・マネジャーは、夫と一緒にエジプトからドバイへ引っ越すことができた。
制度の論理の下では、社員は信頼されており、自分の仕事や昇進だけでなく、会社全体の未来についても考えられる。指示を待つことなく、また職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)にこだわることなく、改善やイノベーションの触媒になれる。ちなみに、昨今の職務記述書は、社員の仕事の一部しか文書化しておらず、人事考課や給与レンジ(上限額と下限額の差)は、会社に最大の付加価値をもたらすであろう活動の一部しか反映していない。
情報を共有するために、社員たちがみずから人的ネットワークづくりに励めば、多くの場合、その副産物として新たなプロジェクトやイノベーションが生まれてくる。そのような人的ネットワークづくりは組織的に奨励されるべきであり、さまざまなコミュニケーション・ツールや会議の場などで後押しする必要がある。とはいえ、人的ネットワークというものは、上司が期待していなかったことに自主的に取り組む社員が核になった時に最も広がっていくものである。
また、優れたアイデアは、それが会社として断念したものでも、こうした自己組織的に生まれた人的ネットワークのなかで生き長らえることも少なくない。
ペプシコの中南米のマネジャー3人は、南部の気候に合っており、デンプンが少なく、環境的に持続可能な新種のジャガイモを開発するという夢を10年来抱いてきた。そして、そのプロジェクトは、ジャガイモ発祥の地ペルーで行うべきであると考えていた。
彼ら3人は、離れ離れになってからも連絡を取り合い、何年もの間、機会を見つけては、どれほど反応が悪くても、このアイデアを提案し続けた。ついに追い風が吹き、この新種のペルー産ジャガイモを使ったポテト・チップは大評判になった。
このポテト・チップは、アンデス山中の人里離れた小村の零細農家がつくる色とりどりのジャガイモを使っており、栄養、味、社会貢献の3拍子がそろっていた。長年来の構想を立証したことで、夢が現実になった。つまり、2010年8月、ペプシコの会長兼CEOインドラ・ヌーイは、ジャガイモの新種開発を世界規模で推し進める「アグリカルチャラル・ディベロップメント・センター・オブ・ペルー」の設立を発表したのである。そして、そこの責任者は、先の3人のなかの1人であった。
自己組織化するコミュニティは、改革の強力な原動力となり、通常ならば選択しないであろう方向に企業を導いていく。
上からの命令がなくても行動する人は、探究者や起業家として活躍する。たとえば、ひとりでに拡大していく人的ネットワークがなければ、IBMは仮想化とグリーン・コンピューティングという大きなビジネス・アイデアで後れを取っていたかもしれない。いや、アイデアそのものを見逃していた可能性さえある。
2006年7月に数日間にわたって開催されたオンライン・チャット「イノベーション・ジャム」では、14万人以上の社員からアイデアが寄せられ、それをきっかけにこれら2つがIBMの戦略上最優先すべき事業として浮上した。
仮想化事業への取り組みは、自主的な活動として組織図の外で始まった。リンデン・ラボの「セカンド・ライフ」をはじめとするバーチャル・プラットフォームをいち早く利用していた約200人の社員が、会社のチャット・ルームを通じて知り合い、1つのグループをつくった。彼ら彼女らはアバターや週一回の電話を通じて、自由時間にアイデアを共有し、時にはバーチャル世界で会議を開くこともあった。
このネットワークは1年間ほど、非公式な形で自己増殖し、ついには経営幹部の後ろ盾を得た。こうしてIBMは、仮想化という新しいビジネス・チャンスを見つけ、ここに予算をつけた。