ただし、大学教授には「研究」というもう1つの仕事がある。正直なところ、授業や大学運営の業務と同じ、ウィークデーの9時から17時までの間でやることはできない。業務が終わった後の夜や出勤前の早朝、休日に「研究」に取り組むことになる。これについては、大学から勤務時間の縛りはなにもない。ただ、研究成果を求められるだけだ。

「研究」は、本来は一人の人間が24時間それだけに打ち込んでも、時間が足りないものだ。だから、教育・業務と研究の性質の違う業務を1人の人間がやるならば、身体が2つ必要だと思うのである。大学教授という仕事は、残業が多くて「不夜城」と呼ばれることがある商社に勤務していた時よりも、かなり長時間だというのが実感だ。

 だが、商社時代に比べて、今の仕事のほうがしんどいとは思わない。時間的には長くても、仕事の「質」が全く違うからだ。商社時代は、満員電車にすし詰めになって決められた時間に会社に行き、仕事は上司の指示で動かねばならないし、客先の要望にも応えないといけない。自分で決められる部分は少ない。要するに「受け身」なのでストレスが大きい。一方、大学教授は、自分のやりたい研究を、自分のスケジュールでやるわけだから、早朝、夜、週末に休みがなくても、ストレスを感じることはあまりないのだ。

 本来、「裁量労働制」とは、このように仕事の「質」を高めるためのものだ。満員電車に乗って、決められた時間に会社の机に座って、疲れ果てるのではなく、自由にやりたい時間に仕事をして、それで高い成果を出してくれるなら、会社も社員もハッピーになるというものだ。

 もちろん、野党が主張するように、「裁量労働制で勤務時間の制限がなくなると、長時間労働を強いられる」という側面はある。だが、それに対して政府・与党側が、「裁量労働制で勤務時間は短くなる」と反論するのはおかしい。いかに労働の「質」が向上し、生産性が上がるかという反論をすべきなのだ。その意味で、裁量労働制に関して、厚労省が出してきたデータが不正確だったかどうか以前に、「労働時間」のデータを出して反論したこと自体が間違っているのだと思う。

長時間労働・過労死は労使の契約関係が
曖昧な「日本型雇用システム」の問題だ

 そもそも、野党が主張する、裁量労働制が「長時間労働や過労死を招く」という批判は、問題の捉え方として本質的に間違っている。長時間労働や過労死は、裁量労働制の問題ではないからだ。