日本で国民皆保険が実現したのは、1961年(昭和36年)4月ということになっている。しかし、鹿児島県の離島にある町村では、当時、医師を確保することができず、国民健康保険(国保)を作ることができなかった。

 保険だけ作っても、医療の担い手となる医師がいなければ、住民は医療を受けられない。「保険あって、医療なし」では、国保への加入に二の足を踏むのは当然だ。

 市町村が国保を作るための法整備は進み、財政支援の仕組みも構築されていたものの、肝心の医療の提供体制を整えることができなかったため、実質的な「国民皆保険」を断念した経緯を本コラムの第156回『国民皆保険、「昭和36年に実現」は嘘だった!』で明らかにした。

 その後、医師がいなかった鹿児島の町村にも診療所が作られ、住んでいる地域にかかわらず、「いつでも、どこでも、だれでも」適切な医療を受けられるようになったのは1974年(昭和49年)4月。この時ようやく、真の意味での「国民民皆保険」が実現した。

 その陰の立役者が「国民健康保険直営診療施設」、略して「国保直診」だ。今回は、国保直診の設立の経緯を追ってみたい。

自然厳しい山間地や離島で
地域住民の医療を守る最後の砦

 国民健康保険直営診療所(国保直診)は、国民健康保険を運営している市町村が、地域住民に医療を提供するために設置している医療機関だ。「国保直診」という言葉は知らなくても、テレビドラマにもなった漫画「Dr.コトー診療所」(小学館・山田貴敏著)はご存じの人も多いはずだ。

「Dr.コトー診療所」は、東京の大学病院に勤めていた医師が無医村の離島の診療所に赴任し、地域住民の医療を守るために奮闘する物語だが、そのモデルとなった鹿児島県の下甑島にある手打診療所こそ、国保直診で運営されている医療機関だ。