コンプレックスが
他者攻撃の引き金に

 そこで次の疑問として浮かぶのは、なぜ我々はこうも他者に厳しくなっているのか、ということではないだろうか。

 これにはいろいろな意見があるだろうが、筆者としてはやはり歴史に学ぶべきだと思っている。つまり、今と同じように他者に厳しい時代を見れば、その答えがわかるのではないか。

 たとえば今、「みんな」や「日本」が頑張っていることを揶揄したり、異論を唱えたりしたらボコボコに叩かれるという風潮がある。もしサッカー日本代表が見事、決勝進出を決めて日本中がお祭り騒ぎをするなかで、かつての上西小百合氏のように「他人に自分の人生に乗っけてんじゃねえよ」などと言おうものなら、たちまち大炎上するだろう。

 ではこれはネットやSNS特有の現象かというとそうではなく、非常によく似たリンチが横行した時代がある。そう、戦前である。

 満州事変が起きた1931年、東京・麻布で反戦運動がおこなわれた。「もし戦時招集があっても応じるな」という反戦ビラを街頭に撒いた人たちをボコボコに叩いたのは、軍人でも憲兵でもなく、一般市民だった。

「付近の住民は時節柄とて憤慨し二、三十名が棍棒や薪を持つて『非国民を殴り殺せ』と追跡した」(読売新聞 1931年9月21日)

 この「一般市民による非国民狩り」は、平成日本でも確認される。2002年の日韓共催W杯の時、山形県が勤務中にテレビ中継を見ることを禁止した。当然でしょ、という声が聞こえそうだが、このスポーツの「戦時下」ではそうならなかった。山形県の広報室には1週間で200件の電話が寄せられ、その8割が「国を挙げているんだから応援すべきだ」「非国民」「負けたら山形のせいだ」という批判だったという。

 少し前に大阪で地震が発生した時、インスタグラムなどに笑顔の写真や、交通状態に関する感想を述べた女優などに対して、「時節をわきまえろ」「こんな時に不謹慎すぎる」と批判が殺到して、彼女たちへのバッシングにまで発展した。

 このような「不謹慎狩り」も、ネットやSNSがたまたまツールとして使われているが、ツール自体に問題があるわけではなく、先のように「非国民」を棍棒で追いかけ回す日本の「伝統」が今に受け継がれているだけに過ぎないのである。

 このように戦前とかぶるムードを見ていけば、現代日本で他者攻撃を繰り返す人たちが増えている要因がなんとなく見えてくる。それは先ほどの本田選手のツイートにあった「コンプレックス」だ。