そんな泉さんたちが今、豊中市と一緒に準備を進めているのは、12月9日に「千里文化センター」で予定されている「“ひきこもり”に人権はあるのか?」というシンポジウムだ。

「引きこもりという言葉で表さなくてもいいような社会っていうか、その人が“しんどい”んやったら、その人の“しんどさ”に寄り添えるような社会になってほしいんです」

引きこもり支援から生き方支援へ
一方的な社会適合訓練は人権問題

 「引きこもり」の背景は多様であり、同じ当事者であっても、そのしんどさは、1人ひとりみんな違う。

「引きこもりって、アドボカシー(権利擁護)が難しい概念グループだと思うんです。個人の人権は、1つひとつを統合して権利主張するというよりも、むしろ解体していく。ひきこもりだから人権があるというのではなく、しんどい人も何もできない人も、みんな生きていていいし、みんな幸せになっていい。それが当然の価値観になったらいいな、と思っているんです」

 国の「ひきこもり施策」に対する考え方は、従来の「就労支援」中心から「個別支援」や「生き方支援」へと大きく舵を切った。

 ところが、たとえば東京都のように「ひきこもり対策」と「青少年の非行防止策」を一緒にして、当事者や家族へのヒアリングもエビデンスもないまま、「支援の枠組み」を一方的に当事者に押し付ける自治体も、いくつか存在する。もちろん、こうした旧態依然な支援のやり方は、国の目指す「地域共生社会」の理念からも逸脱している。

 福祉の世界では、当事者にヒアリングした上で支援施策を構築していくことは、もはや当たり前の話なのに、「引きこもり」という領域の話になると、当事者たちはヒアリングを受けることもないまま、一方的に社会に適合させるトレーニングが主眼に置かれてきた。つまり、これは「差別」であり、「人権」の問題でもあったのだ。

 そんな当事者たちが苦しめられてきた価値観を新しく書き換えていく作業が、社会の側に求められている。これからは、就労や居場所だけではなく、当事者たちが違う価値観に触れることのできるプラットホーム的な場への支援が必要だ。