主要国の金融行政を左右する気鋭のエコノミストがユーモアたっぷりに語る、ふつうの人のための資産運用の教科書『世界最強のエコノミストが教える お金を増やす一番知的なやり方』が刊行された。「金融マンの話は聞くな」「逆張りせよ」など刺激的な内容が話題の本書の「はじめに」を順次公開していこう。前回の記事はこちら。
完全に効率的というわけでもない市場での
投資戦略
「賢明なる投資家」という言葉の元祖は、同名の著作があるベンジャミン・グレアムだ。その弟子こそは史上最も成功した投資家、ウォーレン・バフェットである。
バフェットいわく、
市場はしばしば効率的であることを正しく見抜いた彼ら(学者や投資のプロ、企業幹部ら)は、だから市場は常に効率的であるという誤った結論に達した。
2つの命題の間には、昼と夜ほどの違いがある。
(ローレンス・A・カニンガムが2002年にバフェットの言葉として引用)
私なりに言い換えれば、市場は80%効率的だが、投資の利益は概して、非効率な残りの20%から得られる。
この文章には、見た目の印象よりもずっと多くの意味が隠されている。
一読して「じゃあ残りの20%について教えてよ」と思ったなら、ごもっともな反応だ。
だが私としてはまず、もっと一般的な哲学論を振りかざしてみたい。
ある理論が80%正しいと言うとき、それは何を意味するのだろう?
人は、理論というものは正しいか間違っているかの2択だという考え方に慣れ切っている。理論には、部分的に正しいとか、ほとんど正しいとかいうスキはない。
だが、スキは見つけ出さねばならない。
ビジネスと金融の世界は、理論の助けを得なければ理解できない。
啓発的だが真実ではない効率的市場仮説がその1つだ。
この問題を科学哲学として語っていくのは簡単だろうが、本書は実践を旨としている。
だからここは現金な言い方にしておこう。
もしあなたが、市場は常に効率的だ、あるいは逆に、だいたいにおいて効率的ではないと信じていたり、効率的市場仮説は正しい、あるいは逆に間違っていると信じているなら、賢明なる投資家にはなれない。
あと2つの理論、すなわち資本資産評価モデル(CAPM)および、私が「主観的期待効用」という言葉で語っていくリスク分析方法にも同じことが言える。
これらは現代の金融理論と、金融機関で広く使われているリスク管理モデルの要となる理論である。
ビジネスと金融の世界を理解するには、部分的に正しくて部分的に間違っているモデルの助けを借りるのが一番だという、この80/20%仮説が本書の核心である。
80%と20%の両方とも理解する必要がある。
肝心なのは、効率的市場と主観的期待効用という考え方になじみつつ、それらを真に受けすぎないことだ。
先入観なしに金融と投資のことを考えられる知的な素人のほうが、議論といえば左右どちらにつくか常に決断を求められてきたプロよりも、こうした態度を受け入れやすいかもしれない。
本書が対象とする読者層は、金融や投資とは関係のない何らかの活動で成果を収めてきたゆえに、資産運用の問題を考えざるを得ない人々だ。
そのような読者は、一般向けの科学書や歴史書と同程度の知的真面目さを本書に求めており、本書が目指しているのはその水準である。