イノベーターの製造戦略

 本稿で提示するフレームワークによって、製造に投資するうえで厳格な財務分析が不要になるわけではない。また、顧客との近接性、市場参入への政治的な障壁、税制、法規制など、どのように製造サービスを調達するのかの判断に影響しそうな他の要因に優先するものでもない。

 我々がこのフレームワークを作成したのは、むしろ「R&Dと製造を地理的に分離した場合、どのような結果になるのかについて、より戦略的な視点から考える一助になれば」という意図からである。

 妥当性の高い製造戦略を立案するには、当該事業が先の4分類のどれに該当するのかを見極めなければいけない。我々は、そのための問いや指針を設けた(囲み設計と製造の関係について問うべきこと」を参照)。

 ただし、製造プロセスの成熟度、製品設計とプロセス技術それぞれの自律度について、シンプルな1つの公式によって導き出すことはできない。何重もの判断が求められる。

 プロセス技術がかなり前から変わっておらず(あるいは段階を追って少しずつ変化する傾向が見られ)、現在の製造数量、品質、コストが市場の要求水準を満たしているならば、製造プロセスの成熟度は、おそらく高いといえるだろう。

 もしコストの低減、製造数量の大幅増、プロセスの急変が起きており、しかも競合他社や産業機械メーカーがプロセスのR&Dに大規模投資を続けると予想される場合には、製造プロセスの成熟度は、低いと考えてよさそうである。

 そして、産業機械メーカー、あるいは事によっては他業界の企業と意見交換すると、近い将来に重要なプロセス・イノベーションが起こるかどうかが見えてくるかもしれない。

 プロセス要件を体系化しにくい、プロセス変更が製品特性を大きく左右する、プロセスが標準化されていないといった状況はいずれも、設計と製造の自律度が低いことを強く示唆しているとはいえ、結論を出すには、製品設計者、プロセス技術者、製造担当者による突っ込んだ議論が求められることが多い。

 この問題をめぐっては、職能ごとに見方が大きく異なる可能性がある。たとえば製品設計者は、自分たちの設計判断が製造プロセスに及ぼす余波を軽視しがちである。同様に、プロセス技術者や製造担当者は、プロセスやオペレーションの変更が設計にどのように影響するのか、気づかない場合が多い。

 製造拠点の立地がイノベーションに及ぼす影響をいちばんよく知っている人たちに、立地の選定への発言権を与えている企業は稀である。我々が調査の過程で接点を持った某バイオテクノロジー企業では、プロセス開発に携わる人々の意見をほとんど聞かないまま、地球の裏側の企業にアウトソーシングする決断を下した。

 これは、もっぱら資本コストと経済的リターンの分析に基づいていた。くだんの委託先企業は経験と実力を兼ね備えていたが、それでも生産体制の拡充と生産量の増大ははかばかしく進まなかった。その結果、このバイオテクノロジー企業は深刻な供給不足に陥り、株価も下がり、やがて買収された。

 以上のような指針を用いる際には、現状だけでなく将来見通しも考慮することが大切である。トレンドの見極めに当たっては、以下の諸点を念頭に置くとよい。