自律度と成熟度のマトリックスで考える

 製造とイノベーションの関係を自律度と成熟度の2つの軸によって表すと、以下のように、4つに分類できる(図表「自律度と成熟度のマトリックス」を参照)。

図表「自律度と成熟度のマトリックス」
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純然たる製品イノベーション

 製品イノベーションと製造を密接に連携させても得られるところは少なく、製造プロセスを改善できる余地もほとんどない。アウトソーシングはまさしく理にかなっている。

 半導体産業では、多くのセグメントがこの象限に分類される。このため、クアルコムなど設計に特化して生産施設を所有しないファブレス企業、あるいは台湾積体電路製造(TSMC)など受託生産だけを手がける企業が伸びている。

純然たるプロセス・イノベーション

 プロセス技術は、まさに改善すべき時機にあり、実際長足の進歩を遂げているが、製品イノベーションとの関連性は高くない。

 設計ルールが十分整備されているため、垂直統合を図ったり、R&D拠点を製造現場の近くに置いたりする必然性に乏しく、受託メーカーが設計に特化した企業からカスタム製造を請け負うのが合理的といえる。ただし、製造を第三者に委ねる前に、プロセス・イノベーションによって多大な価値が生まれてくる可能性があることを念頭に置くべきである。

 この象限に属する例として、〈iPad〉の回路基板などの電子部品同士をつなぐ高密度フレキシブル回路基板がある。多層配線を行うために「ビア」と呼ばれる何千もの小さな穴があり、このような微細な配線やビアを実現するには、高いレベルのイノベーションが要求される。しかし、設計ルールは技術仕様としてまとまっているため、設計と製造を切り離しても差し支えない。

プロセス一体型の製品イノベーション

 プロセス技術は成熟しているが、製品イノベーションのプロセスになくてはならない役割を果たしている。

 製造プロセスを少しでも変更すると、予測のつかない形で製品特性や品質に影響が及ぶ。また製品イノベーションは、プロセスの微調整を通じて少しずつ進む(ワインづくりを考えてみるとよい)。このため、R&Dと製造の組織を分離せず、地理的にも近い場所で置くことが重要である。

 創造性が求められる旧来型事業の多く、たとえば高級ファッションがここに該当する。裁断や縫製次第によっては、ひだの入り方に、微妙とはいえ、見過ごせない違いが生じかねない。

 我々が調査したヨーロッパ系の某高級アパレル・メーカーは、地元の織物業者としか取引しない。自社のデザイナーが織物業者の製造技術者ときわめて頻繁に情報交換する必要があるからだという。

プロセス主導型の製品イノベーション

 科学の最前線でブレークスルー製品を開発するような分野では、重要なプロセス・イノベーションが足早に進展している。ちょっとしたプロセス変更ですら製品に大きな影響を及ぼす可能性があるため、R&Dと製造を密接に連携させる意義、そして両者を切り離した場合のリスクはいずれもきわめて大きい。

 経営者のみならず、投資家や証券アナリストは、この危険を必ずしも認識してこなかった。製造を余計な活動、金の無駄遣いと見なし、この象限に属する企業に対しては、多くの場合、生産をアウトソーシングすべきである、あるいはR&D拠点から遠く離れた低コストの国や地域に移転すべきであると訴えてきた。

 これは悲惨な結果を招きかねない。その理由を端的に述べれば、製造に関するコンピタンスを失うと、有望な新製品を開発する力まで失うことになるからである。

 バイオテクノロジーが好例である。遺伝子工学から生まれた医薬品は大きなタンパク質分子でできているが、その構造はあまりに複雑すぎて、100年以上も前から医薬品製造に用いられてきた化学合成には適していない。

 哺乳類細胞培養などのプロセス技術に大きな進歩がなければ、アムジェンの貧血治療薬〈エリスロポエチン〉、ジェネンテックの乳がん治療薬〈ハーセプチン〉などの画期的な新薬はけっして開発されなかったであろう。