調達判断のフレームワーク
製造拠点を国内のR&D拠点から遠く離れた地球の裏側に移した場合、その企業の長期的な革新性に累が及ぶのか、いかに判断すればよいだろう。そのような場合、次の2点に着目する必要がある。
自律度:R&Dと製造が互いに自律しており、切り離しても支障がないか。
成熟度:製造プロセス技術は成熟しているか。
自律度
R&Dと製造が互いに自律していれば、主な製品特性、たとえば訴求点、機能性、見映えなどが製造プロセスに左右されることはないため、R&Dと製造を互いに遠く離れた場所で行っても差し障りはない。
一方、自律度が低いと、製品設計を仕様書にまとめ切れず、設計上の判断と製造上の判断は互いに予測のつかない影響を微妙に及ぼし合う。したがってこのような場合には、製造拠点をR&D拠点の近くに置いたほうがよい。
自律度を知るには、以下に挙げる2つの基本的な問いが役に立つ。
①製品の設計者がその職務を果たすうえで、製造プロセスについての知識がどれくらい要求されるか。
バイオテクノロジーや先端素材など一部の領域では、製品設計ごとに必ずと言ってよいほど独自の製造プロセスが必要になる。したがって、製造プロセスの選択肢を十分理解していなければ、設計者の仕事は成り立たない。このような状況では、製品イノベーションは往々にしてプロセス・イノベーションを伴う。
この対極にあるのが、すべての設計に同じプロセス技術を用いたほうが技術面でも経済性でも理にかなっている状況である。設計者はプロセスについて考えることなく、いや理解すらせず、自分の思うままに仕事をすればよい。著述家、ソフトウエア設計者、作詞家や作曲家などは、このような高い自由度を享受している。
これら両極の中間といえる状況もある。製造プロセスを考慮しながら製品を開発するように規定が設けられている場合である。特定の製造プロセスに対応した製品仕様は一通り「設計ルール」にまとめられているため、このルールに従っている限り、「自分たちが想定している製造プロセスに適合するはずである」と安心して設計作業に従事できる。一般に、設計がルール内に収まるかどうか怪しい場合、あるいはルールを逸脱する場合には、製造プロセスとの不適合が生じやすい。
②設計者にとって、製造プロセスに関する適切な情報を得ることがどれくらい難しいか。
プロセス技術は、まったくの職人芸のものから、科学を極めたものまである。前者の場合、要件がはっきりせず説明しづらい。理解するには自分の目で確かめるしかないが、それでもなお再現は難しいかもしれない。
このような状況では、製品イノベーションを実現するには、通常製品開発とプロセス開発の当事者同士が入念に擦り合わせを重ねる必要があり、実際には製造が始まってからもこのフィードバックが欠かせない。
成熟度
ここで言う成熟度とは、技術が実用化されてからの年数ではなく、製造プロセスがどれくらい進化しているかを意味する。もっとも、両者の間に相関性があるのは言うまでもない。
成熟度の低いプロセスは、改善の余地がきわめて大きい。1960年代、デュポンの化学専門家によって、防弾チョッキなど強度の必要な用途に使われるポリアラミド繊維〈ケブラー〉が発明された。これを受けてデュポンでは、15年の歳月と総額5億ドルを費やして製造プロセスの商業化と織り方の研究が進められた。
プロセスの成熟度が高まるにつれて、一般に改善の余地は小さくなっていく。製造技術が未熟な段階では、プロセス・イノベーションに注力することによってこれを進化させることができる。
たとえば、日本の半導体メーカーは80年代初め、アメリカのメーカーが見落としていた製造手法の改善機会をいくつも発見し、メモリー・チップ事業で優位に立った。
今日、先進的なフラット・パネル・ディスプレー、生物製剤、先端素材などの分野では、最前線のプロセス技術は猛烈なスピードで進歩しているため、競争から振り落とされないためには、世界水準のイノベーションが必須といえる。