平成の30年間で、日本人の着るものは大きく変わった。中でも大きな注目を集めたのは、フリースに代表される「機能性ウェア」が大衆化したこと。ダウンやヒートテックブームも巻き起こしたユニクロ、そして近年、災害のたびにお客が殺到するワークマンに注目し、平成の洋服事情を振り返る。

平成に突如として降臨
国民着となったフリース

平成の時代、フリースブームをつくったユニクロ
平成10年、ユニクロ原宿店の棚はフリースで埋め尽くされ、ブームに火がついた。フリースは年々進化を遂げ、今もユニクロの“顔”。今季は毛足が長い「ボアフリース」をメインに展開する

 今年は5月に新元号に替わり、いよいよ平成の幕が下りる年だ。ポケットベルに始まった個人の携帯連絡デバイスがスマートフォンに進化するなど、さまざまなツールが劇的に変わったこの時代。消費者が普段着用するアパレルでも、30年の間に大きな変化が見られた。キーワードは“機能性ウェアの大衆化”だ。

 そもそも機能性ウェアは、平成以前では一部の人が着るアイテムだったと言える。例えばフリースは、海外のアウトドアメーカーの製品が専門店で提供されていたが、主な購買層は本格的な登山者やハイカー。感度の高い人が街着に使うこともあったが、高額品で、一般ユーザーとは縁遠い存在だった。その他、保温性の高いダウンジャケットも価格が高く、老若男女を問わず広く普及するまでには至っていなかった。

 一方、若者のファッションでは、平成以前のバブリーな時代に爆発的人気となっていたのがDC(デザイナーズ・キャラクター)ブランド。ファッションの移り変わりに詳しい共立女子短期大学の渡辺明日香教授は、「素材や着心地は二の次で、カッコ良さこそ全てだった時代。若者は重くて、着心地が悪い服でもファッションを優先して “我慢”して着るのが当たり前だった」と振り返る。

 そうした常識にくさびを打ち込んだのが、アパレル業界に衝撃を与えたユニクロのフリースだ。発売は平成6(1994)年だが、平成10(1998)年にオープンした原宿店の1階をカラフルなフリースで埋め尽くし、従来1万円以上が相場だったフリースを1990円という驚きの安価で提供したことで、市場を席巻。軽くて温かく、しかもおしゃれなフリースという新しいアイテムを求め、若者だけでなく、子どもから中高年までが売り場に殺到した。

 売り上げ枚数は平成10年の200万着に始まり、平成11年が850万着、平成12年には2600万着とうなぎのぼりに積み上がり、まさに年齢や性別を超えた“国民着”となった。ユニクロのフリースは、機能性ウェアを大衆化する引き金を引いたのだ。