ジョブズファンには申し訳ないが、その結果、中国市場から締め出され、iPhoneには関税をかけられて、アップルは窮地に追い込まれていたかもしれない。

 しかし、暴君ジョブズに長年仕えてきたティム・クックは、暴君との付き合い方を心得ている。対立せず、しかし、ぎりぎりのところでアップルらしさを維持している。トランプ大統領の「米国内にアップル工場を造れ」というむちゃな圧力に反論せず、かといって工場建設を始めるわけでもなく、クックは巧みにかわしつつ、米中貿易戦争の行方を見定めようとしている。

ティム・クックの新機軸への挑戦

 地球環境問題やサプライヤー工場での労働問題は、企業経営における重要度が近年急速に増している。鴻海では社員の自殺が相次ぎ、アップルも厳しい批判を浴びたことがあった。だが、その後、CEOになったクックの対応は素晴らしかった。

 労働・人権、安全衛生、環境の3つの観点からサプライヤーに改善を求め、毎年公表している。長時間労働、強制労働に目を光らせ、法外な斡旋手数料をふんだくった仲介業者には、従業員たちに全額を払い戻させるなど、細かい活動を辛抱強く広範囲に行っていることに感心させられる。

 ところで、iPhoneのカメラ機能が向上したり、CPU性能がアップしたりすれば、ユーザーは簡単に体感できる。しかし、再エネ100%での施設稼働も、製品の完全リサイクル化も、サプライヤーでの労働問題対応も、製品からユーザーが簡単に体感できるものではない。「地球環境に優しい素材で作っている」と言われてもピンとこない。

 その上、スゴイ製品を生み出すことに全エネルギーを集中してきたアップル社員が、クックの唱える派手さのないCSR的な活動の重要性をどこまで理解しているかも疑問だ。ユーザーとアップル社員たちにどう理解してもらえるかはクックの手腕にかかっている。つまり、クックの敵は外だけでなく、内にもいるということで、その点もジョブズの時とは大きく違う。

 製品開発に情熱をかけるジョブズは、地球環境問題やサプライヤー工場での労働問題などに無関心だった。もしジョブズが生きていてアップルのCEOだったら、世界中の環境保護団体や社会活動家たちからバッシングを受けているかもしれない。

 どんな有能な経営者でも、天才CEOでも、時代の流れに逆らって成功をつかむことは不可能だ。ジョブズとて例外ではなかった。時流を受けて、持続可能な社会を目指し世界をリードしようと奮戦するティム・クックは、ジョブズにはできなかった新たなアップルを創り出すかもしれない。

(経営コンサルタント 竹内一正)