東京大学 産学協創推進本部の馬田隆明氏とACCESS共同創業者でエンジェル投資家の鎌田富久氏東京大学 産学協創推進本部の馬田隆明氏(左)、ACCESS共同創業者でエンジェル投資家の鎌田富久氏(右)

起業の成功には、正しい環境を選び、自分の力を伸ばしてくれる仲間とチームを組むことが重要。東京大学で学生や研究者の起業を支援する馬田隆明氏と、ACCESS共同創業者でエンジェル投資家の鎌田富久氏はこう語る。鎌田氏の実体験をもとに、起業家に求められる素養を明らかにする2人の対談を紹介しよう。※本稿は馬田隆明『成功する起業家は「居場所」を選ぶ』(日経BP社)の一部を再編集したものです。(構成/伊藤健吾 撮影/竹井俊晴)

ものごとを始めたばかりだと、遠くの「景色」が見えない

馬田隆明(以下、馬田):私が起業支援をしていて日々感じるのは、起業家は事業を運営していく過程でどんどん視座が高くなっていくということです。逆に言うと、プレシード期やシード期には、ビジョンと呼べるようなものがない起業家も非常に多い。事業フェーズが変わっていくにつれて、視座が高くなるのはなぜでしょう?

鎌田富久氏(以下、鎌田):起業に限った話ではなく、前に進むと「景色」が変わるからだと思います。会社を始めたばかりの頃って、見えないんですよ、遠くまで。遠過ぎて。でも、進んでいくと見えてくる景色があるし、問題意識も明確になります。そうじゃないと起業家として成長しないと言えるかもしれません。

馬田:鎌田さんのおっしゃる「景色」とは、具体的に何なのでしょう?

鎌田:業界動向や顧客の抱えている課題、組織のあり方などです。事業をどんな方向で成長させるか? 社員が増える中で組織をどう運営していくか? ということについては、やはりチャレンジを重ねないと見えてこない部分が多いと思います。

著名起業家でも、あがいていた20代

馬田:鎌田さんご自身はどうでしたか? ACCESS社を立ち上げた時は、まだ東京大学の学生でした。今のお話から推察すると、おそらく「ソフトウェア開発で世界を変えたい」と一念発起したものの、どんな事業を軸に据え、どう組織運営していくかはそれほど明確になっていなかったのではないかと思いますが……。

鎌田:おっしゃる通りです(笑)。投資家になった今では偉そうなことを言っていますが、自分が起業した時は最初の10年くらい、つまり20代の間はすごくあがいていました。

馬田:当時はどんな壁を感じて、あがいていたのですか?

鎌田:私がACCESS社を立ち上げた1980年代のソフトウェア産業では、Microsoftのような新興企業がものすごい勢いで成長していました。ただ、彼らのように会社を大きくスケールさせたくても、やり方が分からない。ソフトウェアで世界を変えられる! と信じていた一方で、具体的にどんなビジネスをやれば破壊的なイノベーションを生み出せるのか、まるで分からなかったのです。

 ですから20代は、とにかくソフトウェア企業として一定以上の地位を築くことができそうな事業を探しながら、試行錯誤していました。通信ソフトや組込み向けのソフトウェア開発など、あれこれ手を出しながら。

 そんな状態を抜け出して、本当にスタートアップっぽいことをやれるようになったのは、30代に入ってからです。1990年代後半くらいから、日本で携帯電話が普及し始めて、NTTドコモのiモードをはじめ携帯電話向けのサービスが急成長しました。その市場をターゲットに、何とか携帯電話向けブラウザやメールのソフトウェアで存在感を示せるようになりました。