固定客、安定した売上・利益率が
プラス材料に

 この会社は、ある地方で高度な印刷技術が必要とされる高級印刷を50年にわたって手掛けてきました。80歳近くになる創業社長が、アルバイトを含めて50人の従業員とともに奮闘し続けています。

 社長は、銀行から再建策の提示を求められたことで、これまでおぼろげに考えていた事業承継をしっかりと意識するようになります。その際、創業家として事業への愛情は並々ならぬものがあるものの、厳しい環境におけるこの事業を自分たちだけで続けていけるのか、後継者の息子に苦しい思いをさせるだけなのではないかと、さまざまな思いが交錯するなか、わたしに相談しに来られました。

 会社が売却できなかった場合、事業を縮小して息子に承継するか、あるいは廃業するか。社長はあらゆる選択肢を念頭に置かれていたと思います。いわゆる「衰退産業」に帰属している中小企業の売却は、そう簡単ではありません。売上減少、赤字状態では、銀行の厳しい提言も中長期を見据えた温かいアドバイスに思えてきます。

 ただ、社長にお聞きすると、主要な顧客は長年にわたって変わることなく、そのうえある程度の利益率も維持されている様子。主な赤字の要因が、流動的な顧客の喪失によるものという状況が伺えました。このことから、この会社は市場が縮小しても生き残れる何らかの強みがあるかもしれないと直感します。

 会社の内容をしっかりと理解するため、何度も足を運びました。決算書や管理資料の精査から、財務資料には表れない現場の空気感、従業員の表情、製作工程、稼働状況、過去の製作物、顧客台帳、機械設備の状況まで、できる限り調査し、五感で感じ取ります。

 従業員は実直な技術者が大半、若年層からベテランまで年代も偏りがなく、女性も半数います。工場内は清潔で、雰囲気も活き活きとしている。設備も近年購入したばかりで、当面の大型投資は不要。やはり問題は、売上の減少に対してどう立ち向かうかという点に尽きるように思えました。

 顧客ごとの売上、粗利益について、過去10年をさかのぼって整理し、分析します。その結果、主要顧客は長年固定客として売上が安定していて、かつ、利益率もほぼ横ばいの状態であると確認できました。それどころか、粗利益率は業界平均を大幅に上回っていたのです。