なぜ守れるはずの命を守れなかったか
疑問に真実で答えることが「本当のお詫び」

 このように、遺族の理解を得られない問題の部分の多くは、理系の専門家による分析や検証を経なければ判明しないものではない。

 科学的検証は、いったい誰のためのものなのか。災害が「どう起きたのか」を科学的に再現できたとしても、それは、遺族が知りたいと思っていることの一部なのではないだろうか。

 さらにいえば、国の技官のような、その分野の技術専門職をもたない市教委が、科学・工学・医学的な検証から、どんな知見を得て、どう教訓として生かすつもりなのだろう。この場合はむしろ、「なぜ起きたのか」「なぜ様々なことが問題視されているか」が、主に社会科学的な観点から、精査されるべきなのではないか。

 地震発生から津波襲来までの約50分間に<安全な場所としてふさわしい所に到達しなかった>理由と、その後の問題、例えば、校長の行動や、聴取記録の残し方、遺族への対応の問題等が明らかにされてこそ、今後に生かせる教訓が見つかる。

「調査委員会で調べるのは、メモだとかそういうのを捨てないで開示して、(市教委側も)遺族の人たちを支える。遺族の人たちも、私はここまで調べたよ、というのを両方から押さえていくという作業をすれば、それで済む話なのではないか」

 遺族に寄り添う、吉岡弁護士はそう言う。また、森山市議も、

「今後また来るであろう、宮城県沖地震やもっとすごい地震に対する対策を目指すのではなくて、この事故をいかに学校管理下内での安全の教訓にするのか。未曾有の災害で、あれは仕方がなかったんだね、というそんな単純な話じゃないっちゃ。なぜ起きたのかということをね、やっぱり明らかにしないと」

と、市教委の方向性の間違いを指摘する。

 大川小学校には、すぐ側に避難する場所があり、避難の時間や、危険が迫っている情報があったにもかかわらず、人の命を守れなかった。これは事実である。

 人の命が亡くなることくらい厳しい現実を突きつけられることはない。それは、家族だけでなく、学校の教職員にしても、市教委の教師たちにしても、同じ思いのはずだ。

「本当のお詫びは、疑問点に対して真実で答えていくこと」と森山議員はいう。

 それを記録するのが、公文書である。

(加藤順子)

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