ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が話題の山口周氏。山口氏が「アート」「美意識」に続く、新時代を生き抜くキーコンセプトをまとめたのが、『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』だ。
今は働き方改革のもと、多くの企業が「生産性」の改善に取り組んでいる。しかし、目先の生産性を追うことが、中長期的には生産性を下げることにもなりかねない。それを理解する革新的な企業は、昔から「遊び」を戦略的に取り入れている。効率を最大化するのではない、生産性アップの秘訣とは?
切り替わった時代をしなやかに生き抜くために、「オールドタイプ」から「ニュータイプ」の思考・行動様式へのシフトを説く同書から、一部抜粋して特別公開する。

【オールドタイプ】生産性を上げる
【ニュータイプ】遊びを盛り込む

「遊び」がないと生産性は下がる
アリ塚からわかる「エラー」の重要性

遊びをせんとや生れけむ、戯(たはぶ)れせんとや生れけん――『梁塵秘抄』

 私たちは一般にエラーというものをネガティブなものとして排除し、できるだけ生産性を高めようとします。

 しかし、自然淘汰のメカニズムには「エラー」が必須の要素として組み込まれています。なんらかのポジティブなエラーが偶然に発生することによって、システムのパフォーマンスが向上するからです。

 自然界の進化の仕組みには「エラー」という要素が不可欠のものとして組み込まれているにもかかわらず、私たちは自分たちのオペレーションからエラーというものを排除しようとします。これは本当に正しい考え方なのでしょうか?

 エラーが長期的に生産性を向上させるメカニズムとして機能している事例として「アリ塚」を取り上げて考察してみましょう。

 アリ塚では、働きアリの一匹が巣の外でエサを見つけると、フェロモンを出しながら巣まで帰って仲間の助けを呼び、他のアリは地面につけられたフェロモンをトレースすることでエサまでのルートを知り、巣まで手分けしてエサを運搬する、ということが行われています。

 したがって、巣のメンバーにとってエサの獲得効率を最大化させるカギは、フェロモンをどれくらい正確にトレースできるかという点にあるように思われるわけですが、これが実はそうではないのです。

 広島大学の西森拓博士の研究グループは、このフェロモンを追尾する能力の正確さと、一定の時間内にコロニーに持ち帰られるエサの量の関係を、コンピューターシミュレーションを使って分析するという興味深い研究を行っています(*1)。

 六角形を多数つないだ平面空間を、エサを見つけると仲間をフェロモンで誘引するアリAが移動するように設定し、Aを追尾する他の働きアリには、Aのフェロモンを100%間違いなく追尾できるマジメアリと、一定の確率で左右どちらかのコマに間違えて進んでしまうマヌケアリをある割合で混ぜ、マヌケアリの混合率の違いによってエサの持ち帰り効率がどう変化するかを調べました。

 するとどうしたことか、完全にAを追尾するマジメアリだけのコロニーよりも、間違えたり寄り道したりするマヌケアリがある程度存在する場合の方が、エサの持ち帰り効率は中長期的には高まることがわかりました。これはどういうことなのでしょうか?

 つまり、アリAが最初につけたフェロモンのルートが、必ずしも最短ルートでなかった場合、マヌケアリが適度(?)に寄り道したり道を間違えたりする、つまりエラーを起こすことで、偶然に最短ルートが発見され、他のアリもその最短ルートを使うようになり、結果的に「短期的な非効率」が「中長期的な高効率」につながる、ということです。

 この研究結果は、私たちが何気なく用いている「生産性」という概念が、実は極めてトリッキーな概念なのだという示唆を与えてくれます。

 先述したアリのコロニーに関していえば、まだ誰も「新しいルート」を見つけていないとき、生産性を高めるためにはフェロモンを正確にトレースするのが最善の策であるように思われますね。

 この状況で、フェロモンを正確にトレースできないマヌケアリが混ざれば、そのマヌケアリが偶然に「新しいルート」を見つけるまで、生産性は一時的に低下することになります。

 ところが、ここに「時間」と「偶然」という要素が入り込んできます。マヌケアリがフェロモンをトレースすることに失敗して「偶然に」もっと効率的な新しいルートを発見すれば、生産性は飛躍的に高まることになります。

 つまり、ここでは「中長期の生産性向上」と「短期の生産性向上」がトレードオフの関係になっている、ということです。これはイノベーションマネジメントが持つ本質的な難しさのポイントです。

 短期的な生産性を高めるためにはエラーも遊びも排除して、ひたすらに生産性を高めるために頑張るのが得策かもしれませんが、そのようなことを続ければ中長期的な視点で飛躍的に生産性を高めるための偶然の発見はもたらされないということです。

 このように考えてみれば、特に現在のように先行きの見通しが不透明で、何が正解で何が不正解なのかがはっきりしない状況において、いたずらに短期的な生産性だけを求めるのはオールドタイプの思考様式だと断じるしかありません。

 このような時代にあってはむしろ、意識的に遊びを盛り込みながら、セレンディピティを通じた飛躍の機会を意図的に含ませるニュータイプの思考様式が求められることになります。

(注)
*1 https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/182066/1/bussei_el_031205.pdf