遊びとイノベーションの関係
偶然性を戦略的にいかに盛り込むか

 さて、アリ塚の研究から得られる示唆を組織論の枠組みで考えてみると、革新的な業績を数十年にわたって起こし続けている企業の多くが、生産性を求める「規律」だけでなく、絶妙に「遊び」を盛り込んでいる理由が見えてきます。

 たとえば代表的な会社が3Mです。3Mが研究職に対してその労働時間の15%を自由な研究に投下していいというルールを持っていることはよく知られています。

 これだけ聞けば「随分と自由奔放な会社なんだな」と思われるかもしれませんが、一方で、同社では過去3年以内にリリースした新商品が売上高の一定比率を上回っていなければいけないという厳しい規律を管理職に課してもいます。

 つまり、同社では厳しい「規律」=「常に新しい商品が生み出され続けること」を実現するために、戦略的に「遊び」=「研究者はその労働時間の15%を自由に使って構わない」を盛り込んでいるわけです。

 これはグーグルなどにも同様に採用されている仕組みですが、次々と新しいサービスや新商品を生み出す企業では、仕組みや程度は異なるものの、この「規律」と「遊び」のバランスが絶妙なのです。

 3Mやグーグルが研究職の時間を一定比率、自由裁量に任せているというのは経営における資源配分の問題として考えることができます。

 言うまでもなく人的労働力は経営資源ですが、研究者の時間の15%を自由裁量に任せているということはつまり、人的労働資源の15%を経営がコントロールせず、現場での偶発的なアイデアに自由に投入させているということになります。コントロールする領域に意図的に遊びを設けて、偶然が入り込む余地を設けているわけです。

 通常、経営資源の投入には、投入される資源に対して期待されるリターンが想定されます。つまり「何の役に立つのか」という問いに対して明確に答えられる活動に資源が振り向けられるわけです。

 しかし、このような「何の役に立つのか」という問いに対して明確に回答できる試みだけに経営資源が投入されていれば、偶然がもたらす大きな飛躍は得られないということになります。

 今日のような不確実な世界において、いたずらに「何の役に立つのか」ということを追求して「遊び」のもたらす偶然の機会を排除しようとするのはオールドタイプの思考様式と言えます。

 一方、ニュータイプは「規律」のなかに「遊び」を持たせる余地を戦略的に入れ込みながら、偶然のもたらす大きな飛躍=セレンディピティを追求します。