アフリカ南部のジンバブエで再びひどいインフレが発生している。同国の中央銀行が発表した公式のインフレ率(前年比)は6月に176%へ上昇した。7月以降、状況はさらに悪化しているのだが、当局は前年比の公表を停止してしまった。
代わりに前月比の上昇率が発表されている。表面的に数値が小さく見えるからだが、米ジョンズ・ホプキンス大学のスティーブ・ハンケ教授が推計した8月中旬の前年比インフレ率は559%だという。同国の公務員や軍人らは、月給を自国通貨で受け取っても価値が“蒸発”してしまうため、賃金を米ドルでよこせと政府に激しく要求している。
経済は深刻な混乱状態にある。為替市場では同国の通貨が暴落し、生活必需品の輸入にも深刻な支障を来している。英誌「エコノミスト」や英国営放送BBCによると、多くの商店の棚に空きが目立ち、ガソリンスタンドには長蛇の列ができている。電気は夜に数時間、水道水は週に1度数時間流れるだけだという。
農作物の種を外国から購入する外貨も不足しており、以前のようにタバコなどを栽培、輸出して外貨を得ることもままならなくなっている。国際連合は、このままではジンバブエの人口の約半数が来年初めごろに1日1食しか食べられない飢餓に陥ると警告している。
ジンバブエは2008年11月に推計前年比89.7セクスティリオン%というハイパーインフレを経験した。「セクスティリオン」とは10の21乗を表す単位のことだ。前月比で見ても796億%というすさまじいインフレ率である。
当時のムガベ政権は、巨額の財政赤字を中央銀行の信用供与で埋め合わせていた。それによる信認崩壊によってハイパーインフレが発生したのだが、追い込まれた政府は、自国通貨であるジンバブエ・ドルを完全に廃止することで事態の収拾を図り、米ドルなど他国の通貨を法定通貨とした。となればインフレ率は米国など先進国に近づくことになる。
しかし自国通貨がない状況では、政府は中央銀行に財政赤字を埋めさせることができない。市中で米ドル紙幣が不足していたこともあり、政権は16年11月から「ボンドノート」という小額紙幣の発行を開始した。当初それは米ドルと必ず1対1でリンクするよう定められていた。だが、その原則は徐々に崩れていく。
17年11月にムガベ氏が追放され、軍部の後ろ盾があるムナンガグワ新政権が樹立された。だが、この大統領の下で財政規律は一段と緩んでしまう。政府は「RTGSドル」という電子マネーの発行を開始(通称ゾラー)。当初はこれも米ドルと1対1で交換できると説明されていたのだが、交換比率はなし崩し的に下落した。今年6月24日、政府はゾラーを法定通貨とすると宣言し、ジンバブエの自国通貨が公式に復活した。
しかしそれは、政府の巨額の財政赤字を中央銀行がファイナンスする時代が戻ってくることを国民に予見させた。2000年代後半にジンバブエで生じた財政と通貨の信認崩壊によって受けた艱難辛苦を、恐怖とともに思い出す人々は依然として多いようだ。ゾラーの対米ドルレートは暴落を続け、それが冒頭で述べたような最近のインフレ率高騰につながっている。
日本の現状とは大きな隔たりがあるものの、国民にとって本当に怖いのは、通貨高よりも通貨の暴落であることが見て取れる。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)