イ・ゴンヒ会長が絶賛した
キヤノンの米国流経営

 イ・ジェヨン副会長とは友人であり、輸出規制強化の最終判断を下した安倍首相とも近い御手洗会長は、微妙な立場にあるのだろう。終始、言葉を選んでいるのが印象的だった。

 イ・ジェヨン氏を「30年来の友達」と呼ぶに至ったきっかけには説明が必要だろう。キヤノンのある幹部によれば、「御手洗会長が米国駐在を終えて日本に戻ったのがちょうど30年前の1989年。その後(イ・ジェヨン副会長の父である)イ・ゴンヒ会長と半導体ビジネスでの付き合いが始まった」という。

 イ・ゴンヒ会長は「キャッシュフロー経営」や「利益重視の考え方」など米国仕込みの御手洗会長の経営手法にいたく感銘を受けて、事あるごとに絶賛していたという。そんな中で、ビジネスの枠組みを超えたイ・ゴンヒーイ・ジェヨン親子との友人関係が構築されていったようだ。

 そして、今、キヤノンがサムスンに積極的な営業攻勢をかけているのが、07年に買収したトッキ(現キヤノントッキ)の手掛ける有機EL製造装置である。競合はアルバックぐらいで、現状はほぼキヤノンの独壇場なのだという。

 日本を代表する高収益企業のキヤノンとて、試練を迎えている。19年12月期の連結純利益を前期比36.7%減の1600億円へ下方修正したばかりなのだ。半導体製造装置や有機EL製造装置の減収減益が響いており、日韓ビジネスの停滞はさらなる業績の悪化要因になる。御手洗会長の本音は推し量るしかないが、日韓対立の収束を強く願っていることだけは間違いない。

日系メーカーが「下請け化」
屈辱と再評価の50年史

 今や世界一のエレクトロニクスメーカーとなったサムスン。その成長の過程に、凄まじい2番手商法があったことはよく知られている。90年代まで隆盛を極めた日系電機メーカーは、サムスンがベンチマークする際の格好の標的となった。

 協業という名の技術流出が始まったのは、三洋電機やNECがサムスンと合弁を組んだ50年前のことだ。中でも、東芝のNANDフラッシュメモリーとソニーの液晶パネルは、サムスンが今日の地位を築くには欠かせなかった技術供与だといえるだろう。

 サムスンの容赦ないキャッチアップは日系電機メーカーを追い詰めた。完成品メーカーが競争力を失ったことで、日本の部材・装置メーカーは韓国に納入先の活路を求めた。当時は屈辱的だったかもしれないが、サムスンの「下請け」として生きるしか道はなかったのだ。

 ここで、日韓メーカーの主従関係は逆転した。それでも、下請けとなった日系メーカーは極めて優秀だった。サムスンは半導体や液晶ディスプレーのときと同様に、部材・装置でも内製化を進めてきたが、結果的には、日韓で担当領域を分業することで「最強の日韓タッグ」が形成された。サムスンは、手間のかかる黒子の領域を日系部材・装置メーカーに任せることで、完成品・基幹デバイスで世界を席巻することに専念できたともいえる。日系メーカーの“仕事”が再評価されたのだ。

輸出規制がトリガー引く
日韓連合、崩壊の足音

 サムスンと日本の部材・装置メーカーとの結び付きは極めて強い。毎年、サムスンは「Appreciation Day」というサプライヤーが集まるイベントを企画している。この場に招待されるのは、約50社の日系メーカーの経営者だ。サムスンが将来的に組む価値があると判断している企業だけに声が掛かるのだという。キヤノン本体は入っていないが、有機ELの量産に欠かせないキヤノントッキは招待されている。

 日韓対立は激化する一方だが、今年も予定通り10月半ばに神奈川県内のゴルフ場施設を借り切って開催される予定だ。大企業の会長や社長が、サムスンが用意したおそろいのユニホームに袖を通しゴルフに興じるのだという。狙いは、「チーム・サムスン」の結束を強めることにありそうだ。

 そして、このイベントの要はサムスンの半導体部門とディスプレー部門の責任者が「向こう1年の事業戦略」を披露することだ。選ばれし企業の経営者だけが、サムスン内部の最新情報をゲットできるというわけだ。

 サムスンと日系の部材・装置メーカーは、長い時間をかけて戦略の方向性をそろえることで、日韓をまたぐ強固な水平分業体制を構築してきた。

 だが今、その最強連合に崩壊の足音が近づいている。

 特集第2回は日韓対立で日本企業が危機に陥る裏事情を、独自ランキングとデータで解説。

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