日本の製造業は「ものづくり」から「価値づくり」への転換が重要だ。すなわち、品質の高さに頼ったプロダクトアウトの発想の「ものづくり企業」は、コストやスピード、製造技術に優れた新興国のものづくり企業の出現によって優位性を失うため、問題解決型の「価値づくり企業」への転換が新たな成長へのヒントだということだ。
大阪府東大阪市に本社を構える高野精工社とDG TAKANOは、そんな「価値づくり企業」の先駆者として示唆に富む企業だ。
起業の原点は「デザイン思考」
DG TAKANOの高野雅彰社長は、ガスコックメーカーの高野精工社の3代目。ただ、もともと家業を継ぐ気はなかったという。高野氏は、2代目である父が精密加工という高度な技術を用いて作った製品が、極端に安い値でしか売れない現状を見て、価値づくりを目指すべきだと確信していた。
「世の中にないものをゼロから生み出し、サービスを含めビジネス全体をデザインしたい」──。そう考えて起業したのがDG TAKANOだった。
そんな経緯から、高野氏は起業当初から目の前の改善ではなく、より大きな社会問題に対しての解決策に取り組み、自分の強みを生かした新しい価値を生むことにこだわってきた。より高次元の課題から発想し、解決策に落とし込む営みは、以前に本連載でも紹介した「デザイン思考」と呼ばれているプロセスに他ならない。
デザイン思考で創造する価値が目指すのは、足し算(例えば10%改善)ではなく、掛け算(例えば10倍の効果)で測られるような次元の違う価値だ。DG TAKANOの“DG”がデザイナーズギルドの頭文字であることは偶然ではない。
高野氏はデザイン思考による課題解決型の価値づくりを目指すに当たり、世界の水問題に注目した。そもそも「洗う」ということは何なのか、という視点で検討を進めたのだ。そうしてたどり着いたのが、「洗浄効果を維持しつつ90%の水を節約できる画期的な蛇口」だった。
さらに、最初から世界市場を対象に考えていたので、世界中のどのような蛇口の形状にも対応できるユニバーサルデザインの水栓として製品を完成させた。
製品のデザインは実物を試作して、試験を繰り返す試行錯誤を経て初めて価値を提供できるレベルに達する。高野氏には、父親の高野精工社が持つ精密加工技術が使えた。普通なら数週間かかる特注の製造工具も、30分ほどで作ってもらえたという。工場にあった高度な工作が可能なNC旋盤の操作を覚え、自由に使えるようになった。これはハイスピードでものづくりが進められる「アジャイル開発」そのもの。中国・深セン市はものづくりの下請け企業が多く集積し、技術教育を受けた若い技術者が多数集まっているため、「アジャイル開発」を街全体で大規模に進めているが、それとほぼ同じ状況だったのだ。