米西海岸シリコンバレーは、あまたの成長企業を育み続ける「米国経済の揺り籠」だ。この都市にちなんで近年、「本郷バレー」という言葉がベンチャー投資かいわいにある。東京大学(東京都文京区本郷)から、多くのベンチャー企業が育っていることが由来だ。キーパーソンは誰か? 多くの関係者が指さすのが、東京大学関連の民間ベンチャーキャピタル(VC)ファンド、東京大学エッジキャピタル(略称:UTEC)の郷治友孝社長である。東大法学部を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。官僚時代に米スタンフォード大学でMBA(経営学修士)を取得。それが今、ベンチャーキャピタリストとして活躍――。華麗な経歴はエリート然とした人物を想像させるが、実際の人物像は率直な表現で日本の課題をずばり指摘する「憂国のキャピタリスト」だった。(聞き手/ダイヤモンド編集部副編集長 杉本りうこ)
――UTECの投資対象は創業間もないアーリーステージにある企業や、製品や事業のアイデアはあるけれどまだ起業に至っていないシード段階の案件です。収益が確立されていない段階で、当初はなかなか苦戦されたそうですね。
僕は立ち上げからUTEC(2004年設立)に関わっているわけですが、その当時のベンチャー投資というのは、経営陣がそろっていて、事業も売り上げもある程度確立されている企業が対象でした。アーリーやシードで投資することはまずなくて、ステージとしてはIPO(新規株式公開)直前の会社に投資するVCが多かった。でも、それってあまり意味がないじゃないですか。
――意味がない?
VCや投資家は高い確率でもうかるかもしれない。でもこの投資は、新しく何かを創出しているわけじゃないですよね。そもそも、僕が経済産業省時代に起草に携わった法律(1998年制定の投資事業有限責任組合法。ベンチャーや中小企業投資の活発化を狙い、投資家保護ルールを導入した)は、日本に数多くある独創的な技術やビジネスのアイデアを生かしてゼロから成長企業を起こし、日本経済の活力につなげようというのが主眼でした。
しかし法律はできたものの、現実はなかなか狙ったようにはならない。そこにずっとモヤモヤしていました。そういう思いを抱えていたところへ、東大が国立大学改革の動きを受け、同法を使ってVCの仕組みをつくりたいというので、これはやるしかないと。当時僕は、スタンフォード大学への留学から帰ってきたばかり。シリコンバレーのダイナミズムも体感したわけですから、「これはやらなきゃいけない」と経産省を辞めたのです。