シリコンバレーの流儀「WeWorkの失敗を笑うな」ソファやバーカウンターがあるWeWorkのオフィス。入居者同士が交流するイベントも頻繁に開催される Photo:Bloomberg/gettyimages

 「WeWork」(運営会社名はThe We Company)の米ナスダック市場への上場延期が大きな波紋を広げている。

 WeWorkは、2010年に創業したオフィスレンタル会社だ。カリスマ的な創業者の下、巨額の資金調達を繰り返しながら猛烈な勢いでオフィススペースを拡大し、上場への準備を進めていた。上場の想定企業価値は約570億ドル(約6.2兆円)と超弩級。誰もが大型上場を固唾をのんで見守っていた。

 しかし、上場前に公開された証券登録届出書(S-1)に記載されていた事業戦略があまりにも稚拙で、将来、現状の赤字を解消し、利益を創出できるとは評価されなかった。570億ドルという想定企業価値は一気に200億ドル以下に激減。同社に投資してきたJPモルガンやゴールドマン・サックスといった名うての投資銀行が大恥をかくことになってしまった。

 さらに、共同創業者アダム・ニューマン氏の乱脈経営が明るみに出てCEO解任に至り、今や、上場どころか、追加資金注入が滞れば倒産してもおかしくない状況だ。

 なぜこのような失態が起きたのか。答えは同社の大株主であるソフトバンクグループ(SBG)にある。

ストックホルム症候群

 SBGは傘下の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」と合わせて、WeWorkに合計100億ドル超を注入したといわれ、WeWorkの創業者に次ぐ大株主だ。SVFは、SBG会長兼社長の孫正義氏がサウジアラビアなどから巨額の資金を集めてつくった、10兆円以上の世界最大のテクノロジー投資ファンドだ。資金力を武器に、上場前の成長スタートアップに株価が割高であっても投資を断行して経営権を取得し、SBGコングロマリットを拡大する戦略を進めている。

 例えば自動車配車サービスの大手ウーバーは、WeWork同様に赤字企業だが、SVFはウーバーの企業価値が480億ドルの頃に過半数の株を取得した。金融界では「高値つかみ」と揶揄されたが、ウーバーは上場を果たし、企業価値が800億ドルを超えたことで投資リターンをしっかり得ることができた。WeWorkもこれと同様の戦略だった。

 実はWeWorkの570億ドルという破格の企業価値は、SBGが設定したものだった。この「高過ぎる評価額」での資本注入が上場や、他の投資家には株式売却などの「エグジット戦略」を難しくし、結果的にWeWorkのような失態を演出してしまうことがあるのだ。

 米国のベンチャーキャピタル(VC)業界ではSVFの評判はすこぶる悪い。WeWorkに投資していたSVF以外の投資家にとっては、SVFの「高過ぎる評価額」によって持ち株が割高になってしまい、他の投資家などへの売却が難しくなり、上場を待つしかなくなる。

 かといって放っておくこともできない。WeWorkは赤字が続くため、投資や融資で支援し続けなければ大損してしまうのだ。そのため、さらに資本注入を強いられることになる。WeWorkの場合は、JPモルガンが追加出資や融資をさせられる状況になった。

 これは「ストックホルム症候群」の心理だといえる。ストックホルム症候群とは、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。事件に巻き込まれて人質となり死ぬかもしれないと覚悟すると、被害者は犯人の小さな親切に対して感謝の念が生じ、犯人に対して協力的になるという。これは、自己防衛本能からくる精神状態と理解されている。