世界は今、米国と中国という二つの大国の振る舞いに翻弄されている。その影響の大きさ、さらに本質は、小さな国や地域にこそ顕著に表れる。2019年であれば、大規模な民主化要求デモが起こった香港がそうだった。そして20年は、1月11日に総統選挙が行われる台湾が間違いなく、米中のきしみの噴出孔になる。
台湾は常にその内部に、中国がもたらす経済的利益と、米国が支える防衛面の安心感という相いれない要素を宿している。揺れやすく、亀裂の入りやすいこの国で、要の役割を果たしているのが「国民がリーダーを選び、国家の将来を自決する」という民主主義国家としての矜持だ。
この台湾の民主化を無血で成し遂げた元総統の李登輝氏は、アジアを代表する類いまれな政治リーダーである。96歳となり、国内メディアにもあまり姿を見せなくなった李氏に、ダイヤモンド編集部は今回、書面で独占インタビューを実施した。米中の本質とは、民主主義の価値とは、国を栄えさせる条件とは、日本への助言は──。「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」(マーク・トウェイン)。李氏の言葉から聞こえる歴史の韻に耳を傾け、未来を展望しよう。(この記事はダイヤモンド編集部の質問状に対して李氏が答えた内容を、日本人秘書の早川友久氏が書面にまとめ、ダイヤモンド編集部副編集長・杉本りうこが構成・編集した)
台湾に1000発以上の
ミサイルが向けられている
21世紀に入り、中国は経済・政治・軍事・科学技術などの各分野で目を見張る発展を遂げた。だが指摘しておきたいのは、中国の発展は覇権主義的であり、決して民主的かつ自由な文明ではないということだ。
民主主義と自由は、人類の文明にとって最も重要な価値観だ。こういった価値観は、私たちに平和と安定、繁栄と進歩をもたらす基盤である。ところが中国は、民主主義や自由といった価値から遠く離れている。中国が世界の強国となりたければ、それは決して覇権主義の発露ではなく、普遍的な価値観を持つ文明を実現することで達成されるべきである。しかし中国は、富と軍事力によるかりそめの繁栄を喧伝しているにすぎない。中国政府が目指しているのはただひたすら、独裁体制の維持と安定だ。
一帯一路構想も、野心に満ちた覇権主義的な計画だ。中国にとっては、自国の内部資源やエネルギー問題を解決する方法となり得るだけでなく、国際貿易上のルールを恣意的に決められる格好の手段だ。他国を唯々諾々と従わせ、世界の新たな支配者に君臨しようとしている。これは中国の覇権主義に見られる一貫したやり方で、結局この計画は、多くの国家を中国の経済的植民地におとしめて終わる。中国こそ、アジアの情勢を最も不安定にしている要因だと断言できる。中国がもたらす動揺は、周辺国家の安全保障上、大きな脅威となっている。
そもそも各国が有する軍隊は、自国の防衛のために存在している。しかしながら、中国の軍事力は対外的な膨張を続けてきた。中国の軍事費はおよそ2500億ドル(編集部注:ストックホルム国際平和研究所の2018年のデータ)で、米国に続く世界2位となっている。中国は世界各国に軍事基地を建設しており、それによって生じる周辺国家との摩擦は途切れることがない。この事実は、東シナ海や南シナ海の問題のほか、各国の航行の安全と自由が侵害された例を挙げるまでもないことだ。こうした行為は地域のリスクを高めるとともに、アジア各国の軍事的支出を増加させ、軍拡レースを助長することにもなりかねない。
こういった中国の専制的なやり方に、最も大きな影響を受けてきたのは台湾だ。中国は少なくとも1000発以上のミサイルの照準を台湾に合わせている。領空侵犯や領海侵犯など、武力による軍事的どう喝は日常茶飯事ともいえる。また外交においても、あらゆる手段を講じ、台湾と国交を持つ国を奪い、台湾が国際組織に参加することを妨害している。経済面では、台湾企業の工場から最先端の高度な技術を盗み、優秀な台湾の人材を引き抜いてきた。そしてそういった人材に対し、自らの政治的思想を放棄して中国に忠誠を誓うことを求めている。中国の最終目的は台湾を併呑し、いわゆる「中国統一」を成し遂げることにあるのだ。