レビュー
「死ぬ事と見つけたり」という言葉で武士道を表現したことで有名な『葉隠』。本書『葉隠 処世の道』は、『葉隠』のエッセンスを抽出し、ビジネスシーンで応用できるように編訳したものだ。
『葉隠』が書かれた江戸時代中期は、乱世とはかけ離れた泰平の世だった。主君に忠節を尽くす武士道の倫理は、江戸時代に徳川幕府が儒教的価値観を取り入れた影響で形成された。また頻繁に主君を変えたり裏切ったりしながら、弱肉強食の世界を実力でのし上がっていく下剋上も、戦国時代までの武士の生き方の一つだった。
『葉隠』の時代の武士は、責任をとるために切腹することはあれども、戦場で命のやり取りをする機会はなく、一生を穏やかに過ごし、役所勤めの公務員のような生活をしていた。だからこそ、刀を差す戦闘階級たる侍としての心構えや、善き生き方とはいかなるものなのかという理念を、深く探究したのだろう。つまり『葉隠』に描かれている武士道は、戦場での生き死にの経験をくぐり抜けた実践的な言葉ではなく、理念化された言葉なのである。
一方で、家来=部下として成功するためにいかに振る舞うのがよいのか、人とうまく付き合うためにはどうすればよいのかといった、当時の武士の実践的で現実的な処世術が数多く描かれている点も興味深い。日本文化の根幹を為す考え方がまとめられた本書からは、組織の一員や中間管理職の立場から、いかに上司や部下と付き合い、仕事と向き合えばよいのかについて、舶来のビジネス書以上に現代日本にマッチした観点を得られるのではないだろうか。(大賀祐樹)