「国債は次世代へのツケ」が嘘である理由
中野 これは理屈ではなく、実際のオペレーションでもそうなっています。ただし、日本政府は、日本銀行にしか口座をもっていませんから、民間銀行から直接借り入れることはできませんので、少々複雑なオペレーションになります。
ここでは、政府が1億円の国債を発行して、公共事業を行うとしましょう(図1)。まず、市中銀行に国債を購入してもらう必要がありますが、そのとき、市中銀行が開設している日銀当座預金が1億円減り、政府が開設する日銀当座預金にその1億円が振り替えられます。なお、国債を購入する市中銀行の日銀当座預金は日銀から供給されたものですから、民間預金とはまったく無関係のオペレーションです。
次に、政府は公共事業の発注先企業に1億円の政府小切手を交付し、政府小切手を受け取った企業は、自分の取引銀行に政府小切手を持ち込んで、代金の取り立てを依頼します。そして、取り立てを依頼された銀行は、1億円を企業の口座に記帳するとともに、1億円を政府から取り立てるように日銀に依頼します。重要なのは、銀行が企業の口座に記帳した瞬間に、1億円の新たな民間預金が生まれていることです。
――なるほど、たしかに財政赤字支出で新たな民間預金が生まれていますね。
中野 ええ。それで、銀行から1億円の取立てを依頼された日銀は、政府の日銀当座預金から銀行の日銀当座預金に1億円を振り換えます。この1億円は、さきほど銀行が国債を購入したときに、振り替えられたものです。
つまり、銀行の日銀当座預金から政府の日銀当座預金に振り替えられた1億円が、再び銀行の日銀当座預金に戻ってくるわけです。赤字財政支出をしても日銀当座預金に変化は生じないわけですから、国債金利も一切変化しないということになります。
――あれ? ということは、銀行の日銀当座預金に戻ってきた1億円で、再び1億円の新規国債を購入できるということですか?
中野 そのとおりです。このオペレーションは無限に繰り返すことができるのです。しかも、このオペレーションを回す度に、国債発行額と同額の民間預金が増えていくわけです。つまり、国債の発行によって民間の金融資産を吸い上げているのではなく、財政赤字の拡大によって、民間で流通する貨幣量を増やしているということです。
――これもまた、魔法のような話ですね……。
中野 そうですね。ただし、これはMMTのオピニオンではなく、国債発行の実務を説明しているだけのことです。単なる「事実」なんです。だから、財務省や主流派の経済学が主張している「財政赤字の増大によって民間資金が不足し、金利が上昇する」などという現象など起きるわけがない。ましてや、「国債を消化できなくなる」などということなどありえないんです。そのような誤った主張をするのは、単に「事実誤認」をしているからというだけのことです。
――なるほど。しかし、超エリートの方々が、この「事実」を知らないはずがないと思うんですが……どうも、そこが腑に落ちません。
中野 たしかに、不思議なことですよね。
――ところで、国債はいずれ償還しなければなりませんよね? つまり、将来世代にツケを回しているのではないですか?
中野 よく聞く話ですが、それも誤りです。「国債の償還財源は、将来世代の税金でまかなわれなければならない」という間違った発想をしているから、そういう話になるんです。だって、自国通貨を発行できる政府は永遠にデフォルトしないのだから、債務を完全に返済し切る必要などありませんからね。
つまり、国債の償還の財源は税である必要はなく、国債の償還期限がきたら、新規に国債を発行して、それで同額の国債の償還を行う「借り換え」を永久に続ければいいのです。実際、それは先進国が普通にやっていることです。だから、英米仏などほとんどの先進国において、国家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていません。ところが、なぜか日本は償還費も計上しているんですけどね……。
――日本だけが、なぜそんなことをしているんですか?
中野 さぁ、よくわかりません。政府債務は完済しなくてもいいのだから、英米仏のやり方が理にかなっていると思いますけどね。ともあれ、国債の償還は必ずしも税金でまかなう必要はなく、新規国債で「借り換え」を続ければいいのですから、国債を発行しても将来世代にツケを残すことにはなりません。
この「事実」を知らずに、消費税増税にコロナウイルスが重なって、「恐慌」すらも 起こりうる状況下で、国債発行による財政出動を躊躇するようなことがあれば、国民は”どん底”に叩き落とされるかもしれないと心配しています。
――なるほど。しかしですね、MMTが言うように、自国通貨を発行できる政府の国債はデフォルトしないので、いくらでも好きなだけ財政支出をすることができるのであれば、税金などいらないではないですか? 無税国家でいいじゃないですか?
(次回に続く)
連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
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連載第12回 https://diamond.jp/articles/-/231383
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1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。