「グローバル化」はとっくに終わっている――。アメリカがグローバル覇権国家でなくなった現代において、グローバル化が終焉を迎えるのは当然の帰結。「グローバル化は不可逆の流れ」などと考えるのは、むしろ危険だと中野剛志氏は話す。いま世界の底流で何が起きているのか? 中野氏に解説してもらった。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)
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現実によって否定された、「グローバル化で平和になる」という楽観論
――前回、中野さんは「グローバル化は終わった」とおっしゃいました。いまだに「グローバル化は不可避の流れ」などと言っているのは、時代遅れで、危険ですらあると。
中野剛志(以下、中野) ええ。私たちはいま、冷戦終結以降の国際秩序が崩壊するプロセスに立ち会っているからです。これは非常に重要なことなので、丁寧に説明しましょう。
――お願いします。
中野 まず、現在、私たちが失いつつある冷戦以後の世界秩序とは、どのようなものだったのか? 冷戦終結から現在までの世界の流れを簡単に振り返っておきましょう。
冷戦終結とソ連の崩壊によって、米ソの二極体制は終焉を迎え、世界はアメリカ一極体制になったわけですが、このとき、リベラルな社会秩序への楽観が広がりました。フランシス・フクヤマが1992年に出版した『歴史の終わり』が典型ですが、欧米や日本の多くの人々は、自由民主主義が共産主義に対して最終的に勝利したと考えたわけです。
そして、アメリカは、唯一の超大国として比類のないパワーを背景にして、新たな国際秩序の建設に乗り出しました。アメリカが理想とする「政治的な自由主義」「民主主義」「法の支配」「経済的な自由主義」といった価値観を世界に広げていこうと、きわめてアグレッシブな活動を始めたのです。
経済面では、アメリカが主導して1995年にWTO(世界貿易機関)を設立し、経済自由主義に基づく国際経済秩序の建設をめざしました。このWTOは、さまざまな国に固有の制度や国内事情に配慮する従来のGATT(関税と貿易に関する一般協定)の枠組みを踏み越え、経済自由主義的な一律の制度によって各国の経済的な国家主権を大幅に制限しようとする急進的なものでした。
そして、当時のアメリカでは「グローバル化によって国際秩序は安定する」という楽観論が支配的でした。例えば、国際政治学者のリチャード・ローズクランスは、1996年にこう論じました。経済活動の相互依存が進み、国家という単位の輪郭があいまいになることで、国家間の紛争は減少するようになる。貿易、金融、生産要素の移動を開放すればするほど、国際秩序は安定するのだ、と。
――近年のアメリカと中国は、経済的な相互依存が進んでいたはずですが、逆に国家間の貿易戦争に陥ってますね?
中野 そうですね。当時のアメリカでは、グローバリゼーションの深化によって、国家主権の概念までもが時代遅れの産物となるという極端な論調すら珍しいものではなくなっていましたが、今となれば、楽観が過ぎたと言えるでしょうね。
ただし、当然のことですが、アメリカには、より現実主義的な言説もありました。その代表者のひとりが、カーター政権の国家安全保障担当の大統領補佐官やオバマ政権の外交顧問などを務め、米国外交に隠然たる影響力をもった政治学者のズビグニュー・ブレジンスキーです。彼は、1997年に発表した『壮大なチェス盤』において、地政学的な観点から冷戦後の世界情勢を分析し、21世紀におけるアメリカの世界戦略を雄弁に語りました。
彼が重視したのは、「ユーラシア大陸の支配者こそが世界の支配者になる」というマッキンダー以来の地政学でした。「ユーラシア大陸=壮大なチェス盤」というわけです。
そして、彼は、ソ連崩壊によって、アメリカが、西側からはNATO、南側からは中東諸国との同盟、東側からは日米同盟という三方面からユーラシア大陸を取り囲んだことにより、一国家が単独でグローバルな覇権国家になったと考えました。しかも、ユーラシア大陸がユーラシア大陸にない国家によって支配されるという、世界史上かつてなかった新しい地政学的状況にあることに気づいたんです。
――たしかに、アメリカがユーラシア大陸を支配するというのは、考えてみれば、非常に特殊な状況に思えます。
中野 そうなんです。だからこそ、ブレジンスキーは決して楽観的ではなかった。地政学的な環境は移ろいやすいですから、アメリカの圧倒的地位が長く続くものではなく、もってもせいぜい一世代程度のものだろうと考えていたのです。そして、それまでの間に協調的な国際秩序を構築することにアメリカは全力を挙げるべきだと主張したのです。
――なるほど。