95歳を迎えたドラッカーは2005年3月21日、ドラッカースクールで最後の講演を行った。亡くなる8カ月前のことだった。特集『仕事に効く ドラッカー』(全14回)の#13では、ドラッカースクールで学ぶジャーナリストの牧野恵美氏が「最後の講義」の中身を初公開する。

「週刊ダイヤモンド」2010年11月6日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの

亡くなる8カ月前の05年3月
「ドラッカー最後の講義」初公開

 ドラッカー生誕100年を迎え、経営大学院「ドラッカースクール」があるカリフォルニア州クレアモントを中心に、世界各地で記念イベントが開かれている。

 クレアモントでのイベント「ドラッカーウイーク」の後には、『もしドラ』の著者である岩崎夏海氏がクレアモントを訪れ、大歓迎された。『もしドラ』の印税の一部を寄付するドラッカースクールでは、学長らに招待されてロサンゼルス・エンゼルスの野球観戦に繰り出した。ドラッカー宅を訪ねて98歳のドリス夫人に挨拶する機会も得た。

 2008年の金融危機をきっかけに、多くの企業が大規模な人員整理に走るなどで、「行き過ぎた市場主義」への反省が広がっている。「社員はコストではなく資源」と見抜いたドラッカー流マネジメント思想をあらためて評価する声も出ている。

 ドラッカーは40冊近い著作の半分以上を60歳を過ぎてから書いている。彼が東海岸のニューヨークを離れ、温暖なクレアモントへ移住した1971年頃からに相当する。「教授会に出なくていい」という約束で、クレアモント大学院大学の経営大学院(後にドラッカースクールへ改名)で教えることになった。