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多様な働き方を受容し、働き手の量と質を確保する――。生産年齢人口が減り続けるなかで、多くの企業が推進する働き方改革の動機だが、そこには長期的な労働力確保のためのコストという見方が横たわり、事業の成長が多少犠牲になってもやむを得ないと捉える向きもある。
これとは逆方向ともいえる顧客視点の働き方改革を進めているのが伊藤忠商事だ。フレックス制の廃止や若手社員の寮の整備など、ひと昔の働き方に戻るような施策を次々に導入している同社が目指す働き方改革の狙いとは何か。改革を先頭に立って進めている同社人事・総務部企画統括室長の西川大輔氏に話を聞いた。
朝型勤務導入の目的は
顧客視点の徹底
アデコ働き方改革プロジェクトスタッフ(以下、アデコ):2012年9月にフレックスタイム制度の全社一律適用を廃止し、その翌年「朝型勤務」を導入されました。働き方の多様性を受容するという働き方改革のトレンドとは逆行する施策のように見えます。導入の狙いはどういったことだったのでしょうか。
西川大輔(以下、西川):大前提として、当社の制度改革は働き方を改善しようという目的で始めたものではありません。経緯を説明しますと、2011年の東日本大震災の際、お客さまが大変な状態で、朝早くから働いているにもかかわらず、フレックスタイム制度だからといって社員が朝10時前頃に出社している状況を見て、社長が問題意識を感じたことがきっかけでした。お客さまがすぐにでも連絡を取りたいときに担当者がいないという事態があってはならないと、お客さまが動きだす時間にはすでに仕事ができる状態にしておくために、全社一律のフレックスタイム制度を廃止し、朝型勤務を推進することにしました。
アデコ:しかし、朝型勤務の推進では20時以降の残業は「原則禁止」、22時以降の残業は「禁止」としています。顧客対応の強化としては矛盾しているように見えます。
西川:この制度改革は業務の効率化によってお客さまへの効果的な対応を実現しようとするものであって、夜遅くの残業禁止をルール化したのは、労働時間の延長によって解決することを防ぐためです。
本来、当社のビジネスにおいて、現時点では残業なしで仕事を回していくことは事実上不可能です。だからといって、いたずらに労働時間を増大させていては、いつか人的資源の限界を迎え、企業としての成長はありません。そこで、疲れて頭が働かなくなった夜に働くよりも、睡眠を取ってリフレッシュした朝にそのぶんの仕事をした方が効率ははるかに上がるはずというアイデアが出てきたのです。また心理的にも、夜に「まだまだ時間がある」と考えて仕事をするのと、朝早く出社して「始業時間までに終わらせよう」と考えて仕事をするのでは、業務効率が大きく変わると考えました。
そこには、「デスクで仕事をするだけでは商売はできない」という考えがあります。ビジネスが進んでいる現場に足を運ぶことが第一で、深夜にパソコンに向かって仕事をしていても仕方がない。そうした考え方も朝型勤務への動因となりました。
アデコ:顧客視点で仕事をすることと、それを業務の効率化で実現すること。そのアプローチが朝型勤務だったということですね。導入に当たって、社員からネガティブな意見は出ませんでしたか。
西川:もちろんありました。「海外のお客さまに合わせると、深夜も含め24時間体制で動かなければならない」「やらなければならない仕事が目の前にあって、夜遅くまで働かないと片付かない」「お客さまに『次の日の朝までに』と言われたら、夜を徹してやるほかない」といった現場ならでは不安もあれば、「働く時間が短くなると経験値が下がり、人材育成に影響が出る」「隠れて仕事をする“見えない残業”が増えるのではないか」といった制度上考慮せざるを得ない課題も出てきました。
アデコ:そうした懸念の声に、どのように対応していったのですか。現場に回答するだけでなく、制度に反映すべき問題もあったと思います。
西川:「6カ月のトライアル」ということで現場の理解を得ました。いろいろと課題はあるかもしれないがまずはやってみよう、それでうまくいかなければやめると労働組合とも約束しました。
アデコ:駄目だったら本当に取り下げるつもりだったのですか。
西川:もちろんです。やってみないと効果の実感は得られませんし、本当の課題も出てきません。本格導入するにしても、そうした現場感を尊重したかったのです。幸いだったのは、トップのコミットがあったことと、もともとの当社のカルチャーがこの仕組みのドライバーになったことでした。
アデコ:カルチャーとは具体的にどういうことでしょう。
西川:カルチャーというよりも全員の「認識」に近いかもしれません。当社は国内の大手総合商社の中では一番社員数が少ない会社なので、少人数で最大限の成果を上げることを常に課題としてきました。当社よりはるかに多い社員がいる会社との競争に勝つためには、個々の力を高め、1人当たりの生産性を上げるしかない。そんな認識が社内に根付いていたために、「朝型勤務は生産性向上のために必要な施策である」というロジックが比較的受け入れられやすかったのだと思います。