ファンド大買収#8
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大型の投資案件では米系が優勢なファンド業界。実は、国内ファンドも巨額の資金調達を成功させ、意欲的に投資機会をうかがっている。特集『開戦 ファンド大買収』(全10回)の#8では、今や国内ファンドの中心的なプレーヤーとなったポラリス・キャピタル・グループの木村雄治社長にスポットを当てた。(ダイヤモンド編集部 村井令二)

巨大化する外資系に対抗する
和製ファンドの「第2世代」

 和製ファンドの逆襲を象徴するポラリス・キャピタル・グループはコロナ禍の今年3月、1500億円規模の日本企業向けファンドの投資を開始した。

 ソニーのパソコン事業やオリンパスのデジタルカメラ事業の買収で脚光を浴びた日本産業パートナーズ(JIP)も1500億円規模の日本企業向けのファンドを運用中だ。いずれも、米カーライル・グループが今年3月に設立した過去最大規模の日本企業向けファンドの2580億円に次ぐサイズになる。

 ポラリスの設立は2004年。当初の第1号ファンドと07年の2号ファンドの規模はいずれも300億円にすぎなかったが、大企業のカーブアウト案件などで実績を積み重ね、12年の3号ファンドは520億円、16年の4号ファンドは750億円と徐々に規模を拡大させてきた。それに続く1500億円規模の5号ファンドの立ち上げにより、今やJIPと共に和製ファンドの二大勢力の一つに成長した。

 振り返れば、和製ファンドが最初に台頭したのは2000年代前半。アドバンテッジパートナーズ(AP)、MKSパートナーズ、ユニゾン・キャピタルが「国内御三家」と呼ばれたが、2000年代後半以降になって、カーライルをはじめ米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)、米ベインキャピタルなど日本に相次ぎ進出した外資勢が次々と投資を拡大し、日本市場を席巻した。

 それに負けずに地道に力を付けてきたポラリスやJIPは、和製ファンド「第2世代」に当たる。ポラリスをゼロから創業し、2000年代以降の日本市場のプライベート・エクイティ(PE)ファンドの歴史を知る木村雄治社長に、和製ファンドの過去と未来について聞いた。

――コロナ禍にあって日本企業が事業の「選択と集中」の動きを強める中で、PEファンド間の案件獲得競争が激しくなりそうです。和製ファンドが企業から選ばれるのはどんな場面でしょうか。

 よく投資先から求められるのは「事業を売却してもよいが、中国企業に転売されたくない」ということだ。外資系ファンドは、日本の事務所がいくらそれを否定しても、最終決定権を持っていないので「どこでもいいから売れ」という海外本社の指令が出る可能性は否定できない。