世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。世界史を背骨に日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した『哲学と宗教全史』がついに10万部を突破。ビジネス書大賞2020特別賞(ビジネス教養部門)を受賞した。だがこの本、A5判ハードカバー、468ページ、2400円+税という近年稀に見る本だ。
一方、スタンフォード大学・オンラインハイスクールはオンラインにもかかわらず、全米トップ10の常連で、2020年は全米の大学進学校1位。世界最高峰の中1から高3の天才児、計900人(30ヵ国)がリアルタイムのオンラインセミナーで学んでいるが、そのトップが星友啓校長だ。
星校長の処女作『スタンフォード式生き抜く力』も発売直後に2万部の重版。アマゾンレビューも極めて高評価が多い。
今回、APUの出口学長とスタンフォード大学・オンラインハイスクールの星校長が初めてオンラインで対談。紆余曲折のまさかの人生で両校トップになった二人は、教育について、ビジネスについて、何を語ったのか。
注目の初対談をお届けしよう。(構成・藤吉豊)

深く考える子どもの親がやってきた習慣<br />【APU出口学長×スタンフォード星校長2】Photo: Adobe Stock

学生に「毒」を与えるのが、教育者の仕事

深く考える子どもの親がやってきた習慣<br />【APU出口学長×スタンフォード星校長2】出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年、上場。社長、会長を10年務めた後、2018年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。おもな著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」I・II』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『人類5000年史I・II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

星友啓(以下、星):教育者の方々にも、生徒さんにも、保護者にも、私はよく、「知ることの危険性、教えることの危険性を肝に銘じてください」と申し上げています。

知ることは考えや行動の可能性を広めてくれる一方で、自分の見方を制限してしまうという本質を内在しています。

一旦ある知識を身につけてしまうと、それ以外の可能性が見えにくくなってしまうのです。

また、最新の教育学の知見では、「あまりに効果的に教えてしまうと、それで終わってしまう。丁寧に教えすぎないほうが、生徒の探究心ややる気や高まる」という結果も出ています。

あまりに効果的に丁寧に教わると、その「わかった。」「知識を得た」という気持ちになってしまい、そこからの疑問や更なる探究心につながらないのです。

出口治明(以下、出口):まったくおっしゃるとおりですね。僕も、「大学がやるべきことは、教えることではない。多様な学生のニーズに応えて、その背中を押すことだ」と考えています。

あまり上手に教えてしまうと、学生は「よくわかった。これでいい」と勝手に区切りをつけ、そこから先に行こうとしません。

僕の学生時代に、現代思潮社という出版社がありました(現:現代思潮新社)。埴谷雄高、吉本隆明、澁澤龍彦の著作や、世界の思想書、哲学書などを刊行していた出版社です。この出版社のキャッチフレーズは鮮烈で、今でも強く脳裏に焼き付いています。

「花には香り、本には毒を」

要するに、花には香りがあったほうがいいし、本には、毒とか、強い偏見があって尖っているほうがいいということです。

毒があると、読み手の心に深く残りますよね。毒が回らない本は、「ああ、面白かった。すっきりした。はい、全部忘れて、それでおしまい」です。

香りのない花は、どんなに美しくても、印象は何も残りません

花には、独特の香りがあるからこそ、その美しさが際立つのです。

教育も本と同じで、「何か、心に引っかかるものを残す」ことが大事だと思います。

それから星先生がおっしゃったように、教師は生徒をどちらにでも引っ張っていくことができるので、能力の高い教師ほど、謙抑(控えめにすること)であるべきです。