コロナ禍による経済へのダメージが深刻化するにつれ、重症化リスクの高い高齢者と現役世代、どちらを優先するのかという議論が巻き起こった。社会の全体最適のためにどこまでリスクを許容するかは、その国の文化や死生観に大きく左右される。コロナ禍を経て、日本人の死生観と終末医療はどこに向かうのか。特集『賢人100人に聞く!日本の未来』(全55回)の#54では、がん患者の緩和ケア(進行・末期がんの患者の痛みや苦しみを取る治療)を専門とし、みとりの現場にも携わる西智弘医師に話を聞いた。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)
「先生にお任せします」が普通だった日本人
どう生きて死ぬか、自分で決めたい人が増えた
――日本人はゼロリスク信仰が強く、「死」に対する耐性が弱いといわれてきました。それを反映するかのように、強制的な都市封鎖をしなくても多くの国民が自粛をし、新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込んでいます。しかし経済へのダメージが深刻になるにつれ、コロナに“ノーガード”を貫いたスウェーデンなどの例を引き合いに出し、社会全体のためには、ある程度死者が出るリスクを許容しようという意見も散見されるようになりました。「高齢者のために現役世代が我慢するのはおかしい」と。
SNSではそのような意見をよく見ますけれども、「高齢者は無視していいんだ」というのは、医者の立場からすると危険な風潮だと思います。
スウェーデンの高齢者が「コロナになったら人工呼吸器は若い人に譲るというのが、私の国では常識なんです」と考えていらっしゃるんだったら何の問題もないですが、終末医療の一端を担う者の実感として、少なくとも現状では日本人の死生観はそうなってはいません。
コロナをきっかけに「どの命も大切だ」という日本のこれまでの価値観を変えていきたい、多くの国民がそういう方向に医療費を使いたいと考えるのであれば、それは仕方がありませんが。
ただ、リスクの取り方、病気に対する向き合い方、ひいては自分がどう生きてどう死にたいかということを、自分自身で決めたいという人が多くなった印象はあります。
最近はかなり変わってきましたけど、これまでの日本の医療現場では「先生にお任せします」と、自分の全てを医者の判断に委ねる人がほとんどでしたからね。
――もともとスウェーデンは、終末期の患者に無理な延命治療はしない国として知られています。日本人の死生観もコロナによってスウェーデンに近づくでしょうか。
そうはならないと思いますよ。