「オプジーボ」に開発力で勝る「キイトルーダ」、がん免疫薬の地殻変動 Photo:aydinmutlu/gettyimages

2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学高等研究院特別教授の研究を基に開発されたがん免疫治療薬「オプジーボ」に開発力で勝る薬が現れた。開発の実態を各種がん治療薬の「処方金額ランキング」と共にレポートする。(ダイヤモンド編集部副編集長 臼井真粧美)

ノーベル賞受賞の研究を基にした
オプジーボがなぜ後退したのか

 薬物治療で近年、最も大きな変化をもたらしたのが免疫チェックポイント阻害薬、ざっくりとがん免疫治療薬などと呼ばれるがんの薬だ。世界に先駆けて2014年に登場した免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」(製品名)は、18年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学高等研究院特別教授の研究に基づくもの。従来の抗がん剤ががん細胞を直接攻撃するのに対し、オプジーボは体が持つ免疫機能を引き出して、がん細胞と闘わせる。がんに対する免疫細胞の攻撃スイッチをオフからオンに戻して、体内にもともとある免疫細胞を活性化させるのだ。

 ここにきてオプジーボをしのぐ薬が出てきた。同じ抗PD-1抗体に分類される抗体医薬品、米メルク(日本法人はMSD)が開発した「キイトルーダ」(製品名)だ。オプジーボに勝ると評されるのは開発力である。

 クレディ・スイス証券の酒井文義アナリストは「キイトルーダが結局一番いいという話になり、『テセントリク』(製品名)も追い掛けてきて、オプジーボは2番手か3番手争いの位置にいる」とオプジーボの後退を指摘。「メルクの方が開発戦略に長けていたということ」と言う。

 製薬会社は臨床試験で得られた科学的根拠(エビデンス)によって薬の製造販売承認を取得し、取得後も適用対象となる疾患を広げたり、処方の優先順位が上がるよう開発を続ける。つまり薬の成長は、発売前だけでなく発売後の開発力にも懸かっている。

 日本で承認を取得した適応症はオプジーボが悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がん、悪性胸膜中皮腫。キイトルーダが悪性黒色腫、非小細胞肺がん、ホジキンリンパ腫、尿路上皮がん、MSI-Highの固形がん(傷付いた遺伝子を修復する機能が働きにくい固形がん)。承認取得したがん種は先行したオプジーボの方が多いが、注目したいのは患者数の多いがん種での開発状況だ。

 製薬業界にとってがんは期待の大きい市場であり、ここで開発競争が繰り広げられている主な免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体)は五つ、オプジーボ、キイトルーダ、「バベンチオ」(製品名)、テセントリク、「イミフィンジ」(同)だ。競争での焦点の一つは、患者数の多いがん種で承認を取得することにある。

 薬の開発は基本的に、第1相臨床試験(フェーズ1)→第2相臨床試験(フェーズ2)→第3相臨床試験(フェーズ3)→承認申請→承認取得(適応拡大を含む)の順に進む。

 日本で患者数の多いがんである胃がん、大腸がん、肝がん、肺がん、乳がん、前立腺がんの主要6がん種の薬の開発状況を見ると、キイトルーダだけが全てでフェーズ2以上の段階にある(図参照)。

 もっとも、オプジーボにとって大きな痛手は、適応拡大の数よりも、その中身だろう。オプジーボは中堅製薬会社の小野薬品工業と米ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)が共同開発している。BMSは非小細胞肺がんで最初に優先して使う1次治療(化学療法との併用)を狙った試験でいい結果を出せなかった。キイトルーダとテセントリクは1次治療の適応を持っているのにである。

 これでは肺がん薬として、競合に対し劣勢になる。オプジーボは先行者メリットがあったのに、形勢を逆転されてしまった。

 米国が提供している治験および臨床研究のデータベース「ClinicalTrials.gov」で、前出の五つの免疫チェックポイント阻害薬について世界で実施されている試験を検索すると、検索結果の数が最も多かったのがキイトルーダで1100件。以下、オプジーボ1043件、イミフィンジ401件、テセントリク372件、バベンチオ192件の順だった。また、医療サービス・調査会社のIQVIAジャパンによる医薬品市場統計では、全医療用医薬品を対象にした18年度(18年4月~19年3月)国内売上高(薬価ベース)ランキングでオプジーボは3位の1015億円、キイトルーダは6位の875億円。それが19年4~6月はオプジーボが4位の247億円であるのに対し、キイトルーダは316億円でなんと1位になっている。

 薬は臨床試験の結果によって、その有効性や安全性が評価される。本当は優秀な薬であっても、臨床試験で証明しないと臨床現場に反映されない。この五つの薬において各社は、さらに適応対象を増やすことや、治療効果を上げるために他の薬と一緒に使う併用療法、手術後の再発予防を目的とした術後補助療法(アジュバント)の開発に取り組んでいる。

 後退したオプジーボは果たしてここから巻き返すことができるか――。

 さて、がん治療で使われている新しい薬は免疫チェックポイント阻害薬だけではない。2000年代に入ってから、がん細胞をピンポイントで攻撃する分子標的薬が治療の新たな武器になっている。

 薬の処方金額ランキングを見ると、それが浮き彫りになる。新規の薬には高い値が付けられ、処方金額の上位に入りやすいからだ。医療情報サービスを手掛けるメディカル・データ・ビジョン提供のデータから、国内の急性期病院230施設における胃がん、大腸がん、肝がん、乳がん、前立腺がんそれぞれにおける薬の18年度処方金額ランキングを見ていこう。