応用範囲は
医療から虐待予防まで
企業内のコンプライアンスや従業員管理のようなビジネス・インテリジェンス部門以外では、医療分野での応用も広がっている。「KIBIT(R)(キビット)」のAIエンジンをライフサイエンス分野に特化して開発した「conceptencoder(R)(コンセプト・エンコーダー)」を使用し、慶應義塾大学医学部と共同で研究している認知症診断支援AIシステムは、世界初の言語系AIによる事例となる。医師と患者の5~10分程度の短い会話記録だけで認知症の診断ができる。
エーザイと共同で開発した入院患者の転倒リスク予測システム「Coroban(R)(コロバン)も意外な応用事例だ。高齢の入院患者が、入院の原因となった疾患とは関係なく、ベッドから起き上がったり、院内の歩行の際に転倒して事故を起こしたり、退院が長引くリスクの低減は、病院にとって大きな課題だった。
入院患者にモーションセンサーをつけてモニターすることはできるが、センサーが転ぶ予兆を察知してから、3~5秒で転倒が起こってしまうため、転ぶ瞬間に、看護師がタイミングよくかけつけることは不可能に近い。コロバンは、センサーではなく看護師が記録した電子カルテの簡潔な内容の言語解析で、その患者が転倒するかどうかを高い精度で予測する。2日前の記録の文書で転倒を予測し、骨折のリスクについては1週間前に分かるという。看護師に新たな負担を強いることなく、リスクを低減できる点がもっとも大きなメリットだ。
同じ技術を使い、カルテや会話記録の分析で精神疾患を診断することもできる。さらにこれを拡張して、現在練馬区で実証実験を進めているのが虐待予測、虐待防止である。児童相談所への通報の記録のうち、重大な虐待が予想されるものにアラートを出すのだ。
一般に言語より、画像の方が情報量は多く、監視や先端技術に向いていると思われるかもしれない。現に医療やセキュリティーの現場では、画像診断や画像解析のAIが導入されつつある。「KIBIT(R)(キビット)」の言語解析のアプローチはこの意味でもユニークで、画像解析では間に合わない、あるいは予期できないような対象に向けて、さらに応用可能性は広がっていくだろう。
こうした技術進歩については、行き過ぎた監視社会、人権侵害への懸念が常に付きまとうが、予防、予測などの利便性と表裏一体でもあるという難しさをわれわれは今一度自覚しつつ、新しい技術に向き合わなくてはならないだろう。