語学で苦労した留学時代、
今も危機感を持ち続ける

マネーフォワード辻社長が語る「起業」、真っ暗闇で自分を信じて全力疾走

 2009年に、MBAの名門ペンシルバニア大学ウォートン校に留学した。それまで自分には欠けていたビジネスの勉強を本格的にしたかったこと、グローバルで戦うためには海外の一流の人たちを理解する必要があると考えたからだ。

「留学時代は、まず語学で苦労しました。衝撃を受けたのは多様性の部分、世界中からいろいろな立場の人が来ているので、こんなにも説明しなければ理解し合えないのか、という事実でした。たとえば、同じペットボトルを見て話していても、上から見ると丸型で、横から見ると細長い。お互いに間違ったことは言っていないのに、議論は噛み合わない。それがすごく勉強になりました」

 成績は下から数えたほうが早かったが、チャレンジする姿勢が同級生たちに認められ、卒業時にはアメリカ人以外で唯一のCohort Marshall (クラス代表)に選出された。

 帰国後、マネックスで新しいサービスを立ち上げたかったが、リーマンショックの後で新規事業ができにくかったため、退職して起業することにした。お金で悩んでいる人たちのためにインターネットで課題を解決するサービスである。だが、決して順調なスタートではなかった。

「友人を誘ってワンルームマンションで6人から始めたのですが、日々のアクセス数が20くらいしかなくて、絶望しかけました。起業って、真っ暗闇の中で走っている感じなんです。自分を信じて一生懸命努力しているのですが、間違った出口に向かって全力疾走しているのかもしれないという恐怖がある。事業を続けられたのは、一緒に走ってくれたメンバーがいたからです」

 マネーフォワードは8年間で、社員900人近くを抱える企業に成長した。

 事業は順調に伸びているが、辻氏は常に危機感を持ち、今も“焦っている”という。

「ベンチャー企業が大企業に勝つにはスピード感しかない。意思決定や、プロダクト開発のスピードが失われたら潰れてしまう、という危機感は猛烈にありますね」

今の20代は、能力の格差が
広がってしまっている

 振り返ると自身の学生時代は、「何者でもない自分」に気付いた時代だったという。

「1浪しているし、賢くもないし、特殊能力もなく、基本的に努力が嫌い。そんな自分だからこそ、努力せざるを得ない環境に身を置かないとサボってしまうと考えた。それ以来、選択肢があるときは、敢えて難しいほうを選んできました」

 辻氏が最近の20代の若者を見て思うのは、優秀な人とそうでない人の差が激しくなったということだ。勉強したいと思えば、今はインターネットで知識はいくらでも吸収できて、行き着くところまで到達できる。しかし、勉強する意思のない人は、知識のインプットがないため、考える力も失われてしまう。ある意味で、能力の格差が広がってしまったのだ。

「親は子どもに苦労させたくないと思いがちですが、若いうちに苦労しないと、大人になってから苦労することになります。親ができるのは、愛情を持って精神的にサポートすること。僕らの世代の起業家には、両親に愛されて圧倒的な自己肯定感を持つ人が多い。戦わないと力は付かないし、一度ボロボロにならないと怪我を防ぐ方法も分からない。就職に関しても、人がいいと言う会社が、自分にとっていい会社とは限りません。若い人たちには、自分の感覚を信じて、できるだけ多くの経験を積んでほしいと伝えたいですね」