農林水産省の事務次官だった父親が、東京都練馬区の自宅でひきこもり状態にあった当時44歳の長男を刺殺したとして、世の中に大きな衝撃を与えた事件。その控訴審の被告人質問が12月15日に行われた。弁護団は、正当防衛に当たるとして無罪を主張。これに対して、「ある風潮」がまかり通るようになるかもしれない恐怖を語ったのが、発達障害の自助グループの代表だ。その恐怖とはいったい何か。(ジャーナリスト 池上正樹)
元農水次官による長男刺殺事件
控訴審の被告人質問を傍聴
農林水産省の事務次官だった父親が、東京都練馬区の自宅でひきこもり状態にあった当時44歳の長男を刺殺したとして、世の中に大きな衝撃を与えた事件――。昨年12月16日に東京地方裁判所で懲役6年の実刑判決が出てから、ちょうど1年になる。筆者は12月15日、元農水次官の熊沢英昭被告(77歳)に対する控訴審の被告人質問を東京高等裁判所(三浦透裁判長)で傍聴した。
スーツ姿の被告は、じっと目を閉じて開廷を待っていた。1審では「もみあいになる中で何度も刺した」「罪を償うことがいちばん大きな務め」などと述べていた。ところが、2審では弁護側の質問に「息子には申し訳ないことをした」と罪を償いたい気持ちに変わりはないと強調しながらも、1審の判決理由で「自分の供述が信用できないと言われたことに納得できない。真実を正直に述べている」などと繰り返した。
また事件当日の6日前に被告は「すさまじい形相で暴行を受けた」と語り、その際に「殺すぞ」と言われたことを思い出し、「殺されると思って反射的に体が動いて包丁を取りに行ってしまった」などと証言した。弁護側は、専門家から「急性ストレス反応(パニック)で記憶が飛ぶことも理解できる」と診断されたことを紹介。「供述が信用できないとされたことが控訴の最大の理由」であり、「正当防衛」「誤想防衛」であるとして、無罪か執行猶予付きの言い渡しを求めた。