中国共産党が考える「人権」とは何か、したたかに狙う国際社会への浸透
中国共産党が正統性を主張する「人権」の定義とは Photo:PIXTA

「中国式民主」のプロパガンダが
国際社会にもたらすリスクとは?

 前回コラムでは、最近中国共産党が「中国式民主」という産物を、国内外で大々的にプロパガンダ(宣伝工作)してきている現状を扱った。

 その上で、(1)「中国式民主」とは、欧米、日本、台湾を含めた民主主義とは全く異なる産物であり、両者の距離はますます離れ、両者の間で真っ当なコミュニケーションや相互理解を展開する可能性も劇的に小さくなっていること、(2)中国が、少なくとも政治レベルでは、ますますほかの多くの国家、特に民主主義国家とは相いれない進路を突き進む可能性が非常に高いということ、(3)この現実が、市場経済の発展、中国と、日本を含めた外国との関係などにも影響、浸透していくということの3点を教訓として総括した。

 今回はその続編である。

(1)、(2)に関して言えば、百歩譲って、それはある意味「仕方がない」と落胆するしかあるまい。中国がどんな発展の進路と形態を追求するかは、根源的に中国自身の問題である。そんな中国との意思疎通、相互理解が困難になるとしたら、それを甘んじて受け入れた上で、各国、各市民とも今後の生き様を考える以外に手立てはない。

(3)には注意が必要である。中国経済がすでに世界経済の一部になっている現状、多くのグローバル企業が中国という巨大マーケットと何らかの取引をしてきている経緯を考えれば、「はい、そうですか」で済ませられる話ではない。

 問題は、中国の発展の進路や形態が、各国との関係にどう影響、浸透してくるかであるが、最も直接的なものは、中国の関係部署やプレーヤーと共通の言語や認識が見いだしにくくなる、交渉や取引にさまざまな弊害、特に政治的制約が生じ得るという不確実性である。

 筆者がより懸念しているリスクが、「中国式民主」や、本稿で論じる「中国式人権」のプロパガンダにも如実に露呈されているように、中国共産党指導部が、特に戦略的競争相手と化している米国と比較して、中国が実践している民主主義、人権、法治、発展モデルのほうが優れている、故に国際社会全体としてそれを参照、さらに言えば「学習」すべきであるという姿勢を打ち出してくることだ。換言すれば、チャイナスタンダードをグローバルスタンダードに取って代わる産物へと昇華させようと工作してくることである。