著者について
チャールズ・マンスキー(Charles F. Manski)
ノースウェスタン大学経済学部教授
マサチューセッツ工科大学卒業、同大学院にてPh.D.(経済学)取得。1989年、制約の弱い仮定を設けてデータを解釈する手法「部分識別」を開発。従来の計量分析へ一石を投じ、経済学以外の学問や公共政策の立案にも多大な影響を及ぼした。2009年、米国科学アカデミー会員、2014年、イギリス学士院客員会員、2015年、トムソン・ロイター引用栄誉賞(ノーベル経済学賞予測)など受賞歴多数。著書(邦訳)に『マンスキー データ分析と意思決定理論』(ダイヤモンド社)がある。

「疑わしい慣行」に基づいた
データ分析結果を見極めるために
――『データ分析と意思決定理論』日本語版への序文から

 私の著書Public Policy in an Uncertain World: Analysis and Decisionsの日本語版『データ分析と意思決定理論』がダイヤモンド社から出版される運びになり、専門的および個人的な理由から嬉しく思う。

 専門的な理由とは、この度の翻訳により、日本の読者に幅広く本書の内容を伝えられるからである。日本の読者にとっては、英語の原書を手に入れて読むことは、大変だと感じられるかもしれない。個人的な理由とは、日本語版を出版することで、私の父や家族に対して寛大でいてくれた日本の人々に感謝の意を示すことができるからだ。

 まずは専門的な理由について考えてみよう。アメリカやほかの地域と同様、日本においても公共政策の研究者の間では、エビデンスに基づいているという理由で、みずからの政策提言には注目すべき価値があると主張することが一般的になっている。

 しかし、ここでいう「エビデンス」という単語は「データ」の同義語にすぎない。「エビデンスに基づいた」政策という用語は、政策提言をする人や団体によって何らかの形式のデータを調査し、何らかの方法で実証分析をしたことを意味している。

 ある政策提言がエビデンスに基づいていたとしても、その提言は、必ずしも入手可能なエビデンスを注意深く解釈したうえで行われているという保証はない。従来の方法論には多数の疑わしい慣行があるために、エビデンスに基づく政策研究といっても、それらは長い間貶められ、結論の信頼性を得ていない。

 研究者が、正当化できないほど強い仮定を使って研究結果を報告することは、いたるところで見られる問題になっている。こうして、彼らはまったく擁護できない結論を導いてしまう。

 本書の目的の第一は、これらの疑わしい慣行に対し、明確な方法で注意を喚起して、政策立案者、ジャーナリスト、および一般市民の方が、自分自身の力で情報に基づいて判断を下せるようになることである。

 第二は、正当化できないような強い仮定を前提とすることなく、より信頼できる結論を導く方法を使うことで、どのように政策研究を実行できるのか説明することである。

 第三は、不確実な世界において、政策決定を行うための妥当なアプローチを提唱することである。どの政策が最適なのかわからないことはよくあるが、それでも私たちは選択をしなければならない。

 次に、個人的な理由に目を向ける。1941年2月24日、父のサムエル・マンスキーは、東ヨーロッパのナチス占領を逃れるユダヤ人難民として、ソビエト連邦から日本に入国した。父は、彼の母親のリーヴァ、妹のミラ、弟のサウルと一緒に、ウラジオストクから船で港町敦賀に着いた。

 家族は敦賀から電車で神戸に行き、1941年5月初旬まで滞在した。その後、彼らは横浜へ行き、船でアメリカに渡り、最終的にアメリカ市民になった。父は1946年にボストンで結婚し、私はその2年後に生まれた。

 ほとんど奇跡的といえるこの脱出は、日本人の寛大さがなければ実現できなかっただろう。最も中心的な役割を果たしたのは、外交官の故杉原千畝氏である。彼は、リトアニアのカウナスに日本領事として赴任している間、ポーランドとリトアニアの数千人のユダヤ人に対して日本の通過ビザを発給し、命を救った。

 杉原氏の話が現代日本において高く評価されるようになったことは知っている。アメリカで出会った日本人学生や同僚が、高校生のときに杉原氏の英雄的行為について学んだと話してくれた。

 杉原氏が示した慈悲の心や彼が冒したリスクは多大な称賛に値する一方で、ほかの多くの日本人の貢献を認識することも重要である。ウラジオストクから敦賀まで難民を輸送した日本の船の乗組員や、難民が到着してからもてなしてくれた敦賀や神戸の住民のことだ。

 このように、私の家族は常に、日本とのつながりと感謝を感じてきた。10年前、私は京都と東京で開かれた会議のために日本を訪れた際、敦賀を訪問する機会があった。その後、息子のベンジャミンも敦賀を訪れている。

『マンスキー データ分析と意思決定理論』日本語版序文より一部抜粋)

本書の主な内容

チャールズ・マンスキー著、奥村綱雄監訳、高遠裕子訳『マンスキー データ分析と意思決定理論 不確実な世界で政策の未来を予測する』
定価3520円(本体3200円+税10%)

第I部 データ分析編

第1章
「強い結論」欲しさに政策分析の信頼性が犠牲にされている

・不確実な予測が事実として報じられている
・治験の結果を政策に適用している根拠は「いつもそうしてきたから」
……など

第2章
政策の効果を予測する

・ファストフード業界の雇用と最低賃金の間には関係があるか
・実際のところ、ランダム化実験は信頼できるのか
……など

第3章
新しい政策に対する人々の行動を予測する

・高所得者の税率を下げると、高スキル人材の労働供給は増えるのか
・「人は選択した結果を最適に予測する」という仮定は信頼できるか
……など

第II部 意思決定理論編

第4章
単純な状況下で部分的な知識に基づいて意思決定をする

・限られた情報のなかで「未知の感染症X」にどう対処するか
・「合理的な」意思決定と「妥当な」意思決定は違う
……など

第5章
複雑な状況下で部分的な知識に基づいて意思決定をする

・現行の処置と新たな処置のどちらをどう割り当てるべきか
・処置の分散は「事前的」には平等だが「事後的」には不平等

第6章
データ分析の「消費者」へ

・確実だと主張する政策分析は疑うべき
・新たな処置にだけでも、区間予測を提供できないか