すずの会が
介護保険事業者に転身しない理由

 なぜ、同会は要介護者向けの介護保険事業に取り組まないのだろうか。かつて、介護保険スタート前に、有償ボランティアとして地域の高齢者支援に関わる住民団体は少なくなかった。そうした団体のほとんどは、介護保険施行とともにその事業者へと転身した。訪問介護やデイサービス、あるいは認知症ケアのグループホームを手掛けだした。

 だが、「すずの会」は違った。要介護者に特化した事業者にはならなかった。「仕事として報酬を受け取るのは、私たちの気持ちとは異なる」「あくまで自発的な活動」「事業でなく、自分ための活動」。鈴木さんやボランティアたちの考え方だ。

 このため、26年前に活動を始めて以来、介護保険との接点はほとんどなかった。だが、「すずの家をどうしても始めたかった。それには家賃の支払いが必要で、川崎市の事業に乗ることにしました」と鈴木さん。「それに、将来若い人に活動を引き継ぐときに、いつまでも無償では難しい」とも言葉を継いだ。

 実は、一般介護予防事業の対象者は、要支援者だけでなく要介護者も含まれる。実際、利用者の中には要介護3の人もいる。認定のない「自立」の人も来ていい。「介護保険の認定の違いで利用者を分けたくない」という同会の原則を変えずに運営できる。どのような住民でも、同じ住民が皆で声を掛け、支え合える。

「すずの会」は、鈴木恵子さんがPTA仲間と共に立ちあげた。寝たきりの実母の介護を約10年自宅で続け、「近所の手助けがあれば在宅介護ができる」との思いから周囲に声をかけた。「困ったときには鈴を鳴らしてください」の意を込めてすずの会とした。

 介護で困っている人の相談に乗ろうと、まず、保健師と一緒に地域を回った。介護保険の手続きや事業者の紹介なども始めた。地域の施設や病院、在宅事業者を訪ね歩いてリストを作成。その情報誌「タッチ」は更新を続け、4年前には6号目を発刊した。

 活動は実に多岐にわたる。川崎市の「いこいの家」を使ったミニデイサービス。気になる人の支援者を図示した「地域マップ」作り。

 介護関係者を集めた「野川セブン」は毎月開く。地域包括支援センター、宮前区役所、社会福祉協議会、医師、薬剤師、ケアマネジャー、介護事業所、民生委員、自治会、老人会などが集まる。本来は行政が地域ケア会議として招集するものを同会が主宰。住民主導のネットワーク会議である。

 なかでもユニークなのが「ダイヤモンドクラブ」。ご近所さんが知り合いになるための「お茶会」だ。長瀬さん宅を訪問している草柳さんも自宅マンションで開いたのが活動のきっかけだった。17年前、「大阪から転居してきて、知り合いがいなかったので、私から声を掛けて集まってもらいました」。鈴木さんからのアドバイスだった。32回も開いてきた。

「ちょこっとベンチ」も住民から喜ばれている。道路に面した敷地内に木製の手作りベンチを置く活動だ。長瀬さんの自宅前にもある(写真5)。

川崎市に見る、住民が支え合う「地域包括ケア」の理想モデル写真(5):「ちょこっとベンチ」を自宅前に置いた長瀬さん/筆者撮影

 急な坂を上った先、一息つくには格好の場だ。近所付き合いの始まりになったり、通学の子どもたちの遊び場にもなる。地区内に5カ所あるという。

 こうして「すずの会」は「住民互助」を形作り、さらに専門職や自治体に呼び掛けて地域ネットワークを作ってきた。地域包括ケアシステムの好例と言えるだろう。厚労省は、専門職や自治体にネットワークづくりを呼び掛けているが、ここでは住民が先取りしている。

(福祉ジャーナリスト 浅川澄一)