大前提として言っておきたいのは、妊娠・出産をする性である女性の社会的活動を抑制することが少子化対策に有効だという考え方は、グローバルスタンダードに逆行にするものだということ。世界経済フォーラムが毎年公表しているジェンダーギャップ指数のランキングで、日本は156カ国中120位だったが、日本より上位のフランスや北欧諸国は少子化対策で成功している。このことからも、女性が活躍するほど少子化が進むという考えは疑問だ。

 しかし、一見シンプルでわかりやすい話であるだけに、納得してしまう人もいるだろう。男尊女卑社会を温存したい人からしても格好の「ロジック」なのだから、飛びつく人がいるのもわかる。

 今回は、田端氏のツイートそのものよりも、「少子化を止めるために女性の活躍は不要」というような言説が、何度否定されても湧いて出てくる社会構造について考えたい。

ネットの一部で話題の「弱者男性論」
女性の「上昇婚」はわがまま?

 日本の社会では、女性だけでなく男性も差別を受けている。最近、ネットで話題になっているのが「弱者男性論」と「女あてがえ論」だ(「女あてがえ論」については、田端氏のツイートで言及されている記事のタイトルにもなっている)。

 それぞれがどんなものかを説明するが、これはあくまでも筆者による定義であることを先にお断りしておきたい。

 「弱者男性論」は、2010年代後半になって特に言及されることが多くなった「女性の生きづらさ」に対して、「男性も生きづらい」という声が上がったことから始まる。2010年よりも前からこうした声はもちろんあったが、「弱者男性論」はネット上のブロガーやフォロワー数の多いツイッターユーザーが特に牽引した感が強い。

 男性の生きづらさの中でも特に、「男性だからといって誰でも特権を持っているわけではない」ことが強調される。社会的地位が高く高年収で女性からも人気のある「強者男性」ではない「弱者男性」は、男性としての「特権」を持っていないのに「弱者」として福祉や支援あるいは世間からの同情を集められるわけではなく、その分女性よりもツラいというのだ。

 弱者男性論者の中では、「強者男性>強者女性>弱者女性>弱者男性」という序列があると語られる。弱者女性はマスコミから注目されるが、弱者男性はそうではないともいう。

 たとえば、コロナ禍で女性の自死が増えたと報道されることが多いが、依然として男性の自死者の方が多いことはあまり指摘されない。