商品を並べ替えていくうちに、汚れたビニールカバーのままでは洋服までもが古く見えてしまうことが気になり、それから毎日商品のビニール交換と並べ替えをやり続けました。ビニールというのは静電気がたまりやすくて、集じん機並みにホコリを吸い寄せるのでとにかく汚れるのです。

 ホコリに脂分を取られて手はカサカサ、手のひらのシワには汚れが染み込んで、爪の間は真っ黒になりました。当時の私の手はとても若い女の子の手には見えなかったと思います。黒くなった自分の手をじっと見て、私は一人倉庫で泣きました。小学生にもできるような単純作業をどうして自分がやらなくちゃならないんだろう……と心の中をピューピューとすきま風が吹いていくのを感じました。

 こんな仕事辞めちゃおう!と何度も思ったのですが、「辞めます」という勇気もありません。そんなふうにもんもんと過ごしていたあるとき、ふと頭の中で「だったら今のあなたは他に何ができるの?」と、もう一人の自分が問いかけてきたんです。むろん、私は答えることができませんでした。

「なんの経験も知識もないのにどうにかありつけた仕事なんだ。それしかできないからやっているのに、つまらないっていうのはおかしくないか?」と、そのときようやく客観的に自分を見ることができました。その当時の自分は例えるなら、300メートル登る力しかない人が、300メートル以下の山は退屈だと言っているようなもの。文句があるなら1000メートル級の山を登れるようになってから言えってことなんですよね。

 今の課題は、全ての商品とその品番を覚えること。それをクリアして分かるようになったら、もっと楽しい仕事が待っているはずだ。誰にでもできる仕事でお給料もらえるだけでもありがたいじゃない! そんなふうに考えを切り替えて、私は自分の仕事に集中しました。

チャンスは突然訪れた!
転機となった常務との会話

 そうやってホコリにまみれて働きだして半年くらいたったある日、いつものように出勤してきた私は、あることに気付きました。

 物理的に何かが変わったわけではありません。目の前にあるのはおびただしい数の洋服。ですが、どの服にもそれぞれ品番という名前があって、大きさ、色、形……それぞれに特徴や個性があるということに気付いたのです。ただの返品や売れ残りではなくそれぞれに商品の個性があることに気付いてから、毎日の仕事がちょっとずつ楽しくなり始めました。

 そんなある日、ホコリだらけになって汚れたビニール袋と格闘していた私に、突然、誰かが声をかけてきました。

 驚いて顔を上げると、常務がキョトンと私を見下ろしています。