「不調和の解消」と言っても、すっきりと全てが解消されるわけではないことに注意が必要だ。ここでたとえば、紳士が「○○という事情があって払いたくない(払えない)のです」とか、「じゃあ、払います」などと言った場合、「解消」ではあるが、ジョークとして成立しない。何も面白くない。

 すなわちジョークにおいては、不調和が不完全なまま解消される必要がある。そのあいまいな状態で、脳の神経活動が「不調和の検知」と「不調和の解消」の間を行き来する過程で、笑いが生まれるのではないか。

 本書で紹介されている脳科学研究によると、人の脳内で、不調和を検知するのは大脳皮質の二つの領域(右中側頭回と右内側前頭回)だ。そして、不調和を解消するのは、別の二つの領域(左上前頭回と左下頭頂小葉)。さらに、他の四つの領域(主に扁桃核と皮質下部にある)が、不調和の解消によって引き起こされる愉快な感覚を処理している。

 これらの脳領域は神経回路でつながっており、ジョークを受け取ったときの神経活動が視床下部や脳幹に広がり筋肉が動くことで、身体的な笑いが起こる。先の無銭飲食ジョークのように、オチが「不調和の不完全な解消」である場合には、神経活動が激しくなり、笑いも大きくなるのだろう。

ジョークを考えることが
イノベーションにつながる

 冒頭のイグノーベル賞を受賞した「ワニにヘリウムガス」の実験の面白さも、「不調和」がポイントと言える。通常はワニに吸わせることのないヘリウムガスを吸わせること自体が不調和である。また、知的な空間であるはずの実験室で、ワニがファニーボイスを発している場面も、かなりの不調和である。

「大学の研究室で、ワニにヘリウムガスを吸わせているのはおかしい(不調和の検知)」「いや、これは真面目な研究の一環なのだ(不調和の解消)」「でも、やはり客観的に見てワニがドナルドダックみたいな声を出しているのは変だ(不調和の検知)」というように、不調和の検知と解消を脳内で激しく意識することで「面白さ」が生まれているのではないか。

 イグノーベル賞を受賞するような斬新な研究は、イノベーションにつながることも多いと考えられる。

 イノベーション理論の先駆者であるヨーゼフ・シュンペーターは「新結合」という言葉でイノベーションの概念を提唱した。また、『イノベーションのジレンマ』などの著作で知られるクレイトン・クリステンセンは「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」と、イノベーションを定義している。マット・リドレー著『人類とイノベーション』(NewsPicksパブリッシング)でも、「アイデア同士が生殖する時にイノベーションが起きる」と述べられている。