「環境問題への関心の高まりと、フィッシュレザー製品がメディアでクローズアップされる機会が増えたことが、業績拡大につながっているのは間違いありません。また、実際に製品を使った人の口コミによって、フィッシュレザーにまつわる“2つの偏見”が払拭(ふっしょく)されたことも、需要の増加につながっていると思っています」

 2つの偏見とは何か。

「一つは“フィッシュレザーは薄くてもろい”というものです。実際、牛革に比べると強度に劣るため、ハードな耐久性が求められる靴底の生地などには向いていないのですが、時間をかけて丁寧に加工することで、財布や小物入れなどの素材としては、十分な頑丈さになります。牛革に比べて軽いのも魅力ですね。もう一つ、“魚臭いのではないか”という懸念もよく聞きます。魚特有の生臭さは、脂身が酸化することによって生じるのですが、フィッシュレザーは脂を加工の段階で徹底して除去するため、生臭さは一切ありません。加工方法は他の革製品と変わらないので、新品の状態では一般的なレザーと同じ香りがします」

従来のレザーにはない
フィッシュレザーの魅力

 大学で漆工芸を専門に選んだ野口氏は、卒業研究で趣味のレザークラフトと漆を組み合わせた工芸品を制作。その過程で動物の皮をなめしてレザー化する作業に興味をもった。ある日、鶏の皮で試そうとスーパーに買いに行った際、隣の魚売り場にあったスズキを軽い気持ちで購入し、加工を試みたのがフィッシュレザーとの出合いだ。

 野口氏は、他の革製品にはないフィッシュレザー特有の魅力についてこう語る。

「種類によって見た目と質感が大きく異なるので、他のレザー製品に比べてデザインの多様性は群を抜いています。例えばタイの革はうろこが大きく、ヘビ革のようなヴィジュアル。ブリの革は他の魚に比べて丈夫で、細やかなうろこ模様と滑らかな手触りとなっています。ワニやヘビといった希少価値の高い動物の皮革はインパクトのある見た目で人気がありますが、その多くは養殖した動物を殺したもの。一方、フィッシュレザーの場合、食用として消費された後に、本来だったら捨てられる部分を材料としているため、環境に負荷をかけずに、希少動物のレザーと遜色ない肌合いが楽しめるのです」

 レザー製品に向いているのはどんな魚なのだろうか。

「魚の場合、一般的に体のサイズが大きければ大きいほど皮が厚くなります。ブリやタイに加え、サケやサバといった体長1メートル前後の魚の皮は丈夫で厚みがあり、レザー製品に向いているといえるでしょう。また、ウナギやアナゴといった表面がツヤッとした魚の皮には強度があり、独特の光沢があるため、レザー化するのに適しています。逆に体長の小さい、イワシやアジといった魚は皮が柔らかく取れる量も少ないため、革製品には適していないといえるでしょう」