「観客を入れて」の開催は
首相の指示だった?

 菅首相も「観客を入れろ」と言っているようだ。

「無観客の覚悟を固めていたのに、いつの間にか有観客の方向で話が進み始めた。理由を組織委幹部に聞くと『総理が観客にこだわっている』。がっくりきた」という五輪組織委員会幹部の嘆きを、朝日新聞の五輪特集(6月4日「五輪 記者は考える」)は報じている。

 首相は国会で「黙秘」しながら、裏で「観客を入れて開催」という方針を鮮明にしていたということのようだ。本当なら国民への背信である。

 観客を入れる理由を「子どもたちに感動の機会を与えたい」「声援があったほうがアスリートは力を発揮できる」などと政府は言うが、子どもや選手をだしにしている。

 首相が「観客」にこだわる理由は、別のところにあるようだ。

 五輪開催で「世論の風向きを変える」。ならばお祭り騒ぎがいい。熱狂を誘うには、観客は必要だ。パブリックビューイングにこだわるのも「人が集まる」場面がほしい。日本選手が勝ったとき、喜ぶ観客の表情や集団観戦する人たちの熱狂ぶりをTVが伝えることが、望ましい――。

 こうした官邸の意向の下で組織委員会などの事務方は疲労困憊(こんぱい)のようだ。

支持率回復狙う「政治の都合」
「相棒」とも“仲たがい”

 政府の姿勢に専門家たちも気が付いた。

 首相の記者会見の度に横に立たされ、助け舟を求められる分科会の尾身会長は、コロナ対策で首相の「相棒」だったが、五輪が近づくにつれ“亀裂”が深まった。

 お祭りを盛り上げれば、人は外に出て、はしゃぎ、大声を上げる。人の流れは膨れ、感染防止と真逆の動きが始まる。感染症の専門家は、人流を抑えることが大事だと主張し、接触機会を減らし、大声を出さないようにと言ってきた。官邸のやり方に黙っていられなくなった。

 五輪が終われば後はお構いなしのIOC。政治の都合でお祭りにしたい官邸。相棒のままでいたら、いいように使われるだけ、という危機感が専門家たちにも広がったようだ。

 東京五輪を「普通なら(開催は)ない」と尾身会長は語った。感染を抑え、医療体制を守る専門家の立場なら「五輪開催はコロナ対策の障害になる」と中止を主張してもおかしくない。そこまで踏み込まないのが「相棒」の限界かもしれない。

 しかし、専門家が「注文」をつけたことは、大きな意味を持つ。