さらにいえば、「赤木ファイル」以上に「河井夫妻選挙違反事件」のほうが、安倍前首相にとって危険である。河井克行被告に懲役3年の実刑判決、案里元被告に懲役1年4カ月、執行猶予5年、公民権停止5年の有罪判決が出て、ともに議員辞職した。

 河井夫妻は自民党を離れ、政治生命を絶たれたわけだ。自民党本部から1億5000万円の巨額の選挙費用が投じられたことについて、裏の話を墓場まで持っていくだろうか。ともかく、河井夫妻が何を暴露し始めるかわからない。

 この件は、安倍前首相も菅首相も深く関わっていたといわれている。安倍前首相は、菅首相と権力闘争できる状況にはない。

安倍前首相が議連の核となる本当の理由
首相に戻るよりも大事なこととは

 もう一つ考えるべきは、安倍前首相が、そもそも首相の座に戻りたいかということだ。安倍前首相の政治家としての「悲願」が憲法改正であり、保守の価値観に基づいた社会の実現であることはいうまでもない(第101回)。

 ところが、安倍政権期の政策は、「働き方改革」「女性の社会進出の推進」や事実上の移民政策である「改正出入国管理法」「教育無償化」、子どもから高齢者まで全ての世代が安心できる「全世代型社会保障制度」の構築など、社会民主主義的傾向が強いものだった。

 政権を担当すれば、自身が「やりたい政策」よりも国民が望む政策に取り組まなければならないのが現実だ。結局、史上最長の長期政権を築きながら、「悲願」の憲法改正はほとんど手をつけられなかった。

安倍前首相「三度目の登板」はあるか?議連ブームに乗っかる本当の理由本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されています。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 一方、安倍前首相は、政権を担う前と首相を辞めた後の時期に、自由な立場で保守的な言動を繰り返している。かつて、SNSでの過激な発言が問題になったが、現在も「選択的夫婦別姓」「LGBT法案」を推進する稲田元防衛相に対して、安倍前首相が強い難色を示しているという話がある。

 安倍前首相からすれば、「悲願」の実現には、なにかと制約の多い首相の座に戻るよりも、自由に発言できる立場のほうがいいと考えるのではないか。

 また、安倍前首相は、自らの政権が社会民主主義的な政策に取り組まざるを得なかったことを、実は保守派が自民党内で少数派だったからだと総括しているかもしれない。

 なにより、有力な後継者がいない。保守派の次期総裁候補は稲田元防衛相、下村博文党政調会長だろうが、党内の幅広い支持を得る器量に欠ける。まず、後継者の育成が急務だ。

そして、保守派が党内多数派になるように動かねばならない。そのために、安倍前首相は次々と結成される議連の顧問に就任しているのではないか。

 もちろん、安倍前首相が3度目の首相登板を決意する可能性がないとはいえない。ただし、そのときは本当に「悲願」を達成するためでなければ意味がない。

 実力ある保守政治家を育成し、保守派が党内多数派を形成する。その基盤を整えることで、たとえ自らの3度目の登板がなく、誰が「ポスト菅」となろうとも、保守派が強い影響力を行使して、「悲願」を実現する。それが、なによりも優先されるのではないだろうか。