これは、当時の時代背景も考慮する必要があるだろう。1950年代から60年代は、ソ連を中心とする社会主義の共産圏と、アメリカをはじめとする民主主義の国がときに激しく対立する東西冷戦の時代だった。それもあって、社会主義による計画経済、共産主義に対する断固たる拒否が本書の底流にあるのだ。アイン・ランドの母国がロシアであったことも大きな影響を与えている。ソ連によって当時喧伝されていた経済的・社会的成功は、絵に書いた餅でしかない、まったくの幻想であることを、彼女はよく理解していたからである。

利己主義を徹底的に貫く
ランドの「直球な主張」

 さらに、この利己主義を中心に据えたランドの思想(ランドはこれを客観主義と呼ぶ)は、主人公の1人であるジョン・ゴールドが人々を改心させるために行った3時間の演説のなかに凝縮されている。

・利己的に生きるために「理性」「目的」「自尊心」を持て

「生きるために、人は理性、目的、自尊心の三つを人生における最上の支配価値として守らなければならない。知識の唯一の道具として知性を、―――その道具によって達成する幸福の選択として目的を―――自分には考える力があり、幸福に値する人物であり、従って生きるに値するという、まごうことなき確信として自尊心を。これら三つの価値は人間の美徳のすべてを示唆するとともに要求し、すべての美徳は存在と認識の関係にかかわるものだ」

 利己的に生きるとは、自分勝手に生きることではなく、自分の利益を大切にするために、理性を駆使し、目的にむけて生産し、自尊心を高く持って生きよという。実はたいへん高い要求である。

・アイデアが社会発展の源泉

「だが合理的な努力のどんな分野においてもアイデアを生み出す人間――新しい知識を発見する人間は、人類の恩人である。(中略)全員の労働の生産能力を高め、誰の犠牲も損失もなく共有する者すべてを豊かにしうるのはアイデアの価値だけだ。(中略)新製品を創り出した人間がどれほどの財産を築き、何百万を稼ごうが、彼がそそいだ知的な労力に比べると、実際に受け取る報酬の額は生みだした価値のごく一部でしかない。だが新製品を生産する工場で掃除人として働く人間は、その仕事が彼に要求する知的な労力に比べて法外に高い報酬を受ける」

 社会において誰が最も重要なのか。それは価値を創り出す人のことではないのか。なぜその人にたくさんの報酬が行くことを嫌うのか。そのような人がいなければ、普通の人は何の価値も出せないのだ。このようにランドの主張は直球である。